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絵葉書法話 41 【今を生きる】


1204写経会 絵葉書 41 今

今を生きることが 過去と未来を 大切にすること

   
過去があるから「今」があり、「今」があるから未来がある。
過去にしばられれば前には進めない。未来ばかりを見ていれば足元がおろそかになる。
そう考えると、今を精一杯生きることが 過去と未来を 大切にすることだと思えてくる。



禅宗のお寺に松が植えられていることが多くあります。



季節によって変化することがない松の緑は、どんな時でも変化することがない「私達が生まれたときか頂いている尊い心」を表現していると言われています。




私はこの言葉を聞いたときに特に疑問を感じることはありませんでした。


ただ、「あ~変化をしていないのね・・・」



とだけ考えていました。





しかしその後、松の木の下に入り掃除をしようとすると地面に大量の松の落ち葉が散らばっていることに気がつきました。


中には落ちていく葉もあれば、新しい葉も出てくる。


全体は緑ですが、葉は絶えず生まれ変わり死に変わっていたのです。



下を見れば落ち葉があり、上を見上げれば緑に輝く松の木がある。


この光景を目の当たりにしたとき「今」には過去も未来も含まれているように感じました。


過去があるから今があり、今があるから未来がある。


松の下には、死にゆく落ち葉という過去があります。


そして、松はこれからも生き続ける未来もある。


だからといって松は落ち葉にこだわることなく、そして未来にこだわるわけでもない。


ただ、そこで緑を輝かせて立っているのです。



「過去をおろそかにしてはいけない。過去から学ばなくてはいけない。」


と言う人もいます。


「未来を生きる子供を大切にしなさい。」


という人もいます。では、どうすれば良いのでしょうか。


そのことを「松」は自分の姿を通して



今を生きることが 過去と未来を 大切にすること



と説いてくれている気がします。



お寺などで松を見かけたとき、今を生ききる努力をしなくてはいけないこと、そして松の緑のように私達には変化することのない尊い心があることを思い出していただければ幸いです。


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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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