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畳の縁【ヘリ】に学ぶこと 【その3】

良い習慣を身に着けるということは・・・


東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある保育園の年中組と年長組の園児達は毎月坐禅体験に来てくれています。



私も声をかけるのですが、先生方が園児達に「畳の線(ヘリのこと)を踏んではいけません」と教えてくれているので、ヘリを踏みません。



500畳を踏まない園児1907





坐禅を終えて、お参りをするときにも足元を見ながら歩き、順番を待つときもヘリを踏まないように気をつけてくれています。




畳のヘリを踏んではいけない理由は

記事:畳の縁【ヘリ】に学ぶこと 【その1】に書いてありますが、要約をすると


→畳が存在しない時代の人々の生活空間にあったのが土間や板張り。

→床が固いので身分の高い人(貴人)のために敷物を作る。

→この敷物を「御座」(ござ)と呼び、ござの周囲のヘリは貴人との結界と考え踏まなかった。

→ござが畳へと変化はしたが、ヘリを踏まない習慣は残った




と、なります。

※詳しくはこちらの記事もご覧ください。



もちろん、園児達は初めからヘリを踏まないで歩けるわけではありません。

畳のヘリは踏んではいけないということを知らなければ、迷いなくヘリを踏んでしまいます。

しかし、先生や家庭、そしてお寺でヘリを踏んではいけないことを教わると、多くの園児はドキドキしたような笑顔で線(ヘリ)を踏まない冒険に出発します。
たまに、暴走をしてしまい「あ、線だ!ジャンプ!!」と飛んだところで大人に叱られる子供もいますがが、楽しみながら実践をしてくれます。




そして何度か本堂にやってきてヘリを踏まないことを実践すると、意識をあまりしなくても自然とヘリを踏まずに歩き回ることができるようになってきます。






仏教には無明【むみょう】という言葉があります。



「明」は智慧【ちえ】を表していますので、無明は智慧が無く、物ごとがよく見えないことを意味しています。
つまり、迷いを意味する言葉であり、智慧がないという状態で、迷いの世界を右往左往している私達の姿そのものを表しています。






そして、この迷いの世界を抜け出す為に、これまで受け継がれてきた修行や良い習慣があるのです。




お仏壇の前で手を合わせる良い習慣も迷いの世界から抜け出す手助けとなります。


初めは慣れない仏壇に戸惑いながらも毎日意識して手を合わせる。

すると手を合わせている時間は迷いの世界から抜け出している。


慣れてくると、自然と手を合わせることができるようになる。

すると、手を合わせている時間だけでなく手を合わせる前後の時間も迷いの世界から抜け出している。


さらに、慣れてくると御仏壇の前と言うこだわりも無くなり、いつでも心の手を合わせ状態になる。

すると、いつでも迷いの世界から抜け出していることになるのです。






園児達も「畳のヘリを踏ではいけない」ということを知り、お寺の中では確実にできるようになりました。

この良い習慣を実践し続けてくれるなら、やがてお寺だけでなく いつでもどこでも畳のヘリを踏まない実践をすることができるようになることでしょう。

知識が行動となり習慣になったのです。

このようにして身に着けた習慣が彼らの中に生き続けるのなら、彼らが迷いの世界から抜け出すための助けになってくれることでしょう。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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