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畳の縁【ヘリ】に学ぶこと 【その2】

畳のヘリを踏まないことと仏教が説く平等には強いつながりを感じる



500【坐禅和讃】16 福を得ること限りなし




前の記事で「なぜ畳のヘリを踏んではいけないのか」という記事を書きました。


記事の中で“なぜ畳のヘリを踏んではいけないのか”を


→畳が存在しない時代の人々の生活空間にあったのが土間や板張り。

→床が固いので身分の高い人(貴人)のために敷物を作る。

→この敷物を「御座」(ござ)と呼び、ござの周囲のヘリは貴人との結界と考え踏まなかった。

→ござが畳へと変化はしたが、ヘリを踏まない習慣は残った




と紹介をしました。
※詳しくはこちらの記事もご覧ください。



このような説明を聞くと




「だったら~ 今の時代ぃ~ みんなぁ~平等だからぁ~ 身分が高いとか低いとか関係ないじゃん~。みんな平等じゃん! だ・か・ら ヘリも踏んで良くなぁい!?」



と言う人もいるかもしれません・・・


確かにヘリの無い畳も増えてきています。


ヘリがない畳も良いものです。






しかし、ヘリがない畳が普及したり、表面上の平等が叫ばれる時代であっても、目の前にヘリがあるならヘリは踏まないように気をつけるべきだと私は考えています。



仏教では人は差別されることなく平等であると説いています。

では、何が平等なのでしょうか。それは、



誰しも生まれたときら仏様のような尊い心を平等にいただいている



ということなのです。





私が仏様で、あなたも仏様なのです。

大好きなあの人も、大嫌いなあの人も仏様

毎日顔を合わせる隣人も、遠い国であったことがない人も仏様

生まれも育ちも、顔だちも、男も女も関係なく、みんな仏様なのです。



誰もが仏の心をいただいている平等の命なのです。





そう考えるなら、畳のヘリの向こう側、どのヘリの向こう側には貴人(尊い心の持ち主)がいるのです。

だからこそ、相手を貴人と認めて大切にする心でヘリを踏まないように気をつけるのです。


臨済宗妙心寺派の生活信条には

人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう

とあります。




相手を貴人と認めて大切にする心でヘリを踏まないように気をつけ、意識しながら生活することは「自分の生活も他人の生活も大切にする」実践であり、この実践を繰り返すことが「人間の尊さにめざめる」第1歩になるのです。


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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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