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小学生と保育園児が一緒に坐禅をした現場で感じたこと 【その3】

先日、小学生と保育園児が一緒に坐禅をする現場に遭遇しました。その現場で感じたことを紹介させていただいています。


その0 状況説明

その1 やっぱり 「まず坐れ」 は難しい

その2 人は忘れる 年齢は関係ない 習慣の大切さ

その3 疑問を感じることができるのは成長した証拠!? 疑問は悟り






この記事は、【その3 疑問を感じることができるのは成長した証拠!? 疑問は悟り】です。
※過去の記事は上記の題名をクリックしていただければご覧いただけます。


500小学生のお寺訪問190627




【その0】の記事で書いたように、小学生がお寺に来てくれたのですが、同時に保育園児が坐禅体験にやってきたので急遽“合同坐禅体験”になりました。

普段から行っている保育園児の坐禅体験では園児から質問がでることはほとんどありません。
園児は普段、



本堂に入る

坐禅をする

お参りをする

話しを聞く

お茶を飲む

教室に戻る



という流れで坐禅体験をしています。

ですから、仏教のことやお寺のこと、本堂のことなどについて質問をすることはありません。

しかし、今回は小学生が多くの質問をしてくれました。






ここのお寺は何年前にできましたか?

なんで保育園があるんですか?

本堂の奥には何があるんですか?


あれは何? これは何?

あそこになんて書いてありますか?

それはどういう意味ですか?

なんで、あそこに書いてあるんですか??






質問はどんどん出てきます。


時間がないので全ての質問に答えられなかったのが残念でしたが、多くの疑問を感じてくれたことはうれしかったです。






仏教・禅の言葉に疑団【ぎだん】というものがあります。


修行の上で起る疑問,疑いのことです。

禅では,教えを求める気持が強いほど大きな疑団があるものとして、疑団は肯定的な言葉として使います。






小学生の質問を受け付けたとき、




境内にある保育園を卒園した小学生も多くのことを質問してくれていることに気がつきました。


彼らが園児として坐禅体験に来ていたときに、このような質問ができたかと言えば・・・

もちろんできません。



彼らは多くの疑問を持つことができるようになっていたのです。

“教えを求める気持が強いほど大きな疑団がある”のならば、質問を多くしてくれた小学生達は“教えを求める気持ちが強い”ということになります。

これからも彼らが多くの疑問を感じ、徹底的に答えを見つけようと努力していってくれることを願っています。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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