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自由自在な“あやとり”


禅ことについて書かれた書物を読んでいると“自由”という言葉がよく出てきます。



1つのことに執着せず、物事の自然の成り行きにまかせて、ゆったり無心に、淡々と、自由に生きよ、と禅はわれわれに教えているのだ。




と言った内容をよく見ます。





「自由」 「自由自在」 言葉の響きは素晴らしいのですが、私には具体的な姿が想像できていませんでした。




しかし、ある時

「もしかしたら、これが自由というものかもしれない」

と感じたことがありました。








500あやとり190620




それは、小学生の娘が“あやとり”に夢中になっている姿を見たときのことです。


楽しそうに輪になったひもで遊んでいる姿を見ていると、驚かされます。


1本の紐が自由自在に姿を変えていくのです。


ホウキになったり、カメになったり、茶碗にもなるし、定規にもなる。


しかし、次の瞬間には元の輪になっている。







“ゆったり無心に、淡々と、自由に生きよ、と禅はわれわれに教えているのだ”


自由に生きることは自分勝手に生きることではありません。


私はこの違いを



自由に生きることは もとの場所に帰ることができることであり、

自分勝手に生きることは もとの場所に帰ることができないこと



だと考えています。





自由自在に姿を変えながらも、もとの1つの輪の姿に帰ってくる “あやとり”の姿と“自由に生きる姿”が重なって見えた気がします。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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