食事五観文(しょくじごかんもん) 5

バナナ

 お寺で生活をしているとバナナと対面することが良くあります。法事や葬儀の供物の一つである果物の定番中の定番になっているからです。


 私はバナナを見ると学生時代の後輩を思い出します。彼は大学の卓球部の後輩で頻繁にバナナを食べていました。

 大学の卓球部では夏になると強化練習と言って、大きな大会に向けて1日中練習をする期間がありました。

 卓球と言うスポーツは非常に軽い球を使いますので風の影響を受けやすいスポーツです。そのため練習中は体育館の窓等は締め切って練習することも珍しくありません。蒸し風呂のような状態で練習をするので午前中の練習後に食事が喉を通らないこともあり、水分補給だけをして午後の練習に臨んでしまうこともありました。

 当然のことながら午後の練習では体力が尽き動けなくなってしまうこともありました。しかし、バナナが大好きな後輩はどんなに疲れていても昼食にバナナを食べていました。彼は私よりも細身で、体力がなさそうなのですが、しっかりと昼食(バナナ)で栄養補給をしているため午後の練習でも体を動かすことができていました。

 彼を見ていて昼食の大切さを痛感した私は彼を見習って疲れて食欲がない時でもバナナを食べて午後の練習に取り組むようになり、午後の練習にも集中して参加することができるようになりました。



 
 禅宗では食事の前に唱えられる食事五観文(しょくじごかんもん)というものがあり、その5番目の言葉が


 五つには、道業を成ぜんが為に、この食を受くべし


 です。現代的な言葉で表すと


 仏道修行を完成するために、この食事をいただきます。


 と表すことができます。



 この「五つには、道業を成ぜんが為に、この食を受くべし」と言う言葉は、自分の欲求を満たすためだけに食事をするのではなく、「私たちは生きて修行を続けていく」ために食事をしていることを思い出させてくれます言葉だと思います。

 
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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