餓鬼の喉を広げる!

先日のブログで
あの旗にはなんて書いてあるんですか?? 【施餓鬼】
と題して、施餓鬼会で掛けられている旗を紹介させていただきました。

施餓鬼の由来になった救苦焔口餓鬼陀羅尼経【ぐくえんくがきだらにきょう】に
「清らかな器の中に清らかな水を入れ、重湯や餅、飯などを少しばかりその中に入れて
4人の仏様(多宝如来【たほうにょらい】、妙色身如来【にょうしきしんにょらい】、広博身如来【こうはくしんにょらい】、離怖畏如来【りふいにょらい】)の名前を唱えなさい。」
と書いてあり、その仏様の名前が旗にかいてあります。
と紹介をしました。※記事はこちらです。
このお経には、この4人の仏様の名前を唱えると何が起こるのかも書いてあります。
多宝如来【たほうにょらい】
積み重ねてきた物惜しみの悪業を打ち破り、罪障を消滅させる
妙色身如来【にょうしきしんにょらい】
餓鬼の醜く卑しい悪しき姿を打ち破ることで、そのまま仏のような美しい姿を完全に具えることになる
広博身如来【こうはくしんにょらい】
餓鬼の喉を広げて、施した食べ物を食べさせ満腹にさせることができる。
離怖畏如来【りふいにょらい】
畏れ【おそれ】を取り除き、餓鬼の世界から離れることができる。
とあるのです。
このことを知ったとき、広博身如来【こうはくしんにょらい】餓鬼の喉を広げて、施した食べ物を食べさせ満腹にさせることができる。
という部分が印象に残ったことを覚えています。
餓鬼がなぜ、食べ物を食べられないのか!?
これまで考えたこともありませんでした。
しかし、お経には餓鬼の姿もしっかりと記さされているのです。
やせ細り、衰え、
憔悴しきって極めて醜く
口の中で火が燃え、
喉が針先のようで、
頭髪が乱れ、
爪と歯が長く鋭い
と書いてあるのです。
喉が細いと言うことは、今の私の姿そのものだと感じます。
食べ物を食べるための喉ではありません。
餓鬼の喉は「教えを受け入れる心の道」だと私は考えています。
我以外皆我師【我以外 みな 我が師】
という言葉にあるように、本来であれば自分以外から大いに学ぶことはたくさんあるはずです。
しかし、私はついつい師匠を選り好みしてしまいます。
「あの人は実績があるから 言っていることは正しいだろう」
「あの人は たいした仕事をしていないから どうせ言っていることは間違っている」
などと、分別をしてしまっています。
この自分の都合に合わせて いろいろと選り好みする姿こそが 喉の細い餓鬼の姿だと感じます。
しかし、喉を広げて、施した食べ物を食べさせ満腹にさせることができるように、「教えを受け入れる心の道」も広げることができると信じています。