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情けなくて恥ずかしい私 【その2】

禅宗の修行には提唱【ていしょう】というものがあります。



指導してくださる和尚様が仏教の教えを説いてくださる時間です。



こまめ 法施



恥ずかしい話ですが、私はこの時間が苦手でした。



指導してくださる和尚様が教えを説いているときに、聞いている側は足を組み集中しています。




しかし、情けない私は足が痛くなるだけでなく睡魔に襲われることがよくありました・・・




なぜ、睡魔襲われ内容を覚えていないのか・・・



それは私の勘違いが大きな原因です。



私は提唱を学校の授業や講義と同じものだと勘違いしていたのです。



授業は先生と生徒がいて成り立ちいます。



提唱も「教える人」がいて、教える人は話をして、教わる人は話を聞いています。



一見すると学校の授業と同じです。



しかし、全く違うんです。



昭和の大変に有名な禅僧で、静岡にも縁が深い山本玄峰老師は著書の中で




終日 火を説いて 熱からずじゃ





という言葉を出されています。




火の話しを1日したところで、火傷も何もしやせん




と言うのです。そして、



火をそのままつまんで手を焼くごとくに、心と心の通じ合いが提唱じゃ。提唱は講習ではない



とも書いてあるのです。




提唱は指導してくださる和尚様が仏教の教えを説いてくださる時間です。



しかし、指導する側だけで成立するものではありません。



受け止める側が努力を怠ってはいけないのです。受け止めるだけの努力をしないことは「火の話しを1日している」ということになるのです。



これでは、火傷も何もできません。
指導してくださる和尚様の心は火のように燃えあがっているのですから、その火を「つまむ」ごとくにこちらも覚悟を持って提唱に臨むことができていなかったことを今更ながら後悔しています・・・
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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