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草刈りの範囲を広くしていくことの大切さ


500草刈りの範囲


草刈りをしているとき「どこまでやろうかな?」と悩むことがあります。


それは畑の草を刈っていると、畑の外の道路に生えている草が目に入ったときです。




さぼり癖のある私は


「畑の草刈りをしようと考えて作業を始めているので、道路は作業計画にないので次の機会にしよう」


と考え、先送りにしてしまうことがあります・・・




こんな時、臨済宗の和尚様で禅の教えを一般の方に分かりやすく説いたことでも有名な山田無文老師がたびたび著書でも説かれた言葉を思い出します。





 臨済禅師は、「随処に主と作れば、立処皆な真なり」とおっしゃっております。どこへ行っても主になって、主体性を失うな、主人公になれ。そうすればその人の行動には間違いはない。こうはっきりと示しておられるのですが、これを、どこへ行っても自由に勝手なことをしてもよいというお言葉と解釈するなら、大変な間違いだと言わねばなりません。


 「随処に主と作れ」とは、威張れということでもなければ、自由に勝手なことをせよということでもありません。どこへ行ってもその場所を愛せよということです。愛情を持てということなのであります。


 たとえば、電車に乗っていて、これは自分の電車だと思うなら、紙屑一つ落とせんはずです。公園も俺のものだと思ったら、花一本折ることもできないでしょう。京都を俺の街だと思うなら、京都を愛さずにはいられません。それぞれの街を自分の故郷と思えるなら、その土地を愛さずにはいられません。日本は俺の国だと思ったら、日本を愛し大切にせずにはいられんはずです。そのように、すべてが自分だと思い、そこに愛情をもっていくならば、間違ったことなどできんと、臨済禅師は言われているのであります。







自分がいつも使っている道路も自分のものだと思ったのなら、草刈りをせずにはいられないはずなのです。



全てを自分のものと思えない未熟な私は「道路の草刈りは後日・・・」となってしまうのです。


だからこそ、めんどくさがって、やるべきこと(草刈り)を先送りしそうになったとき、山田無文老師の言葉を思い出し、一歩を踏み出し道路の草も処理するようにしています。


早く、意識しなくても一歩を踏み出せる人間になりたいです・・・
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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