必死にがんばるとは【平四郎のがんばりに学ぶこと】


 東光寺は静岡市清水区にございます。現在は静岡市ですが、以前は清水市と呼ばれていました。その少し前は庵原郡と呼ばれていました。





 今から約350年ほど前、庵原に平四郎という男がいました。 平四郎は一般の方でしたが あるきっかけがあり必死に坐禅をします。



 坐禅を続けると自分が「悟った」と感じたそうです。そこで、本当に悟っているのか確認をしたいと、山を越え、原(現在の沼津)という場所にいる白隠禅師という和尚様(臨済宗中興の祖とも言われる有名な禅僧)に聞きに行こうと考えました。




写経会 絵葉書 草木国土 悉皆成仏



 平四郎は薩埵峠【さったとうげ】を超えて原に向かいます。その時見たのが、写真のような富士山と山々の緑と海が作り出す素晴らしい景色でした。平四郎は薩埵峠を越えるとき思わず




 草木国土 悉皆成仏【そうもくこくど しっかいじょうぶつ】とはまさにこのことだ!




 と感じた話が残っています。





平四郎は一般の方でしたが あるきっかけがあり必死に坐禅をします。






とサラッと書きましたが、「必死」とは次のように紹介されています。





一人浴室に入って固く戸を閉めた。


そして、腰骨を起して背筋を伸ばし、手を組んで両眼をグッと睨んで純一に坐禅したのである。



 妄想や魔境が次々と沸き起こり入り乱れ、それと格闘しているうちに、ついに妄想・魔境を払い去って深く無相定(三昧の境)に入った。


朝が開ける頃、すずめがチュンチュンと家のあちらこちらで鳴いているのが聞こえたが、自分の身体の感覚をまったく感じなくなっており、ただ両方の目が飛び出して地上にあるのが見えた。


次の瞬間、爪の痛みを感じた。すると両目は顔の元の位置に戻り、手足の感覚が感じられ自由に動かすことができるようになったのである。



 このようにして三日三晩坐り抜いた。


三日目の朝になって顔を洗って庭の木を見ると、通常の見え方とはまったく違っていた。






私は時々


「自分なりによくがんばった!」


と自分を褒めてしまいそうになりますが、厳しい修行をされた方や劇的な体験をされた方の話しを知るたびに


「自分はまだまだ努力が足りない、もっともっと努力し成長しなくてはいけない」


と教えていただいている気がします。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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