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写経会のときに どんな話しをしているの? その49

東光寺(静岡市清水区横砂)で行われている写経会で、副住職(新米和尚)の法話と配布させていただいている絵葉書を紹介させていただきます。


※なぜ、絵葉書と法話(仏教のお話)が登場するのかはこちらをご覧ください。

※写経会の御案内はこちらをご覧ください。



 今回は第49回目です。 



500写経会 絵葉書49


絵葉書の写真は東光寺の境内にある保育園が管理する「子供の畑」にある梅の木に花が咲いたときに撮影したものです。



梅の隣には柿の木もあります。



梅の花が咲く頃、柿の木は葉までもが落ちてしまい枯れ木のようにも見えてきます。ついつい



「梅は柿の木に比べるときれいだなぁ」



と感じてしまいます。





般若心経【はんにゃしんぎょう】というお経の中に「説般若波羅蜜多呪【せつ はんにゃ はらみた しゅう】」という部分があります。




「般若波羅蜜多の真言を解く」と役することができる部分ですが、般若心経をこの一句を境にして前半と後半に分けて考えることができるとも言われています。




その直前の部分では「真実不虚」とあります。

漢字を見て何となく意味が分かると思います。

「真実であることは間違いがない」と言った意味があります。



しかし、説般若波羅蜜多呪の後の部分は真言【しんごん】を解くということですので様子が変わってまいります。



「真言」というのは、その言葉の音そのものに意味があり、漢字に訳することができないもの。



お経として中国に伝わったとき、その音に当てはまる漢字を当てたものと言われています。



ですから漢字をどんなに見てもその意味を私たちが掴むことはできなくなっています。



般若心経というお経がそのように二つに分かれているということを知った時、私は大変に驚きました。



では、この前半と後半に分けた時、意味が違うのかと言えばそうではありません。



般若心経ひとつのお経であり、私たちがどのように生きていけば良いのかを説いていることは間違いがありません。




禅の言葉に「柳は緑花は紅【やなぎはみどり はなはくれない】」という言葉があります。



見たまま、そのままが心理の表れであるという言葉です。



柳は緑色をしている、花は紅の色である。その姿は比較することができない美しさです。




そのことに気がつくことが大切である。悟りとは日常生活そのものの中にあるということを説いた言葉です。



私たちはついつい何か特別なものを追い求めてしまいます。



特別なものを追い求めるということは必ず比較をしなくてはいけません。



「こっちよりもあっちがいい」



などと良い悪いと比較していきます・・・



日常生活では大変有効な方法ではありますが、仏教では「柳は緑花は紅」といった比較しない考えを大切にしています。



「緑と紅はどっちがきれいか」



などと比較しるのではなく、緑も紅もそれぞれの美しさを感じる心が大切なのだと説いているのです。




お経の前半部分と後半部分では様子が違うが・・・「どっちが良い教えなのかな?」と感じるよりも



「前半も後半も、一字一句が大切である」



と感じていただきながら写経をしていただければ、今から始める写経がより良いものになっていくのではないでしょうか。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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