写経会のときに どんな話しをしているの? その44

 東光寺(静岡市清水区横砂)で行われている写経会で、副住職(新米和尚)の法話と配布させていただいている絵葉書を紹介させていただきます。


※なぜ、絵葉書と法話(仏教のお話)が登場するのかはこちらをご覧ください。

※写経会の御案内はこちらをご覧ください。



 今回は第44回目です。 





500写経会 絵葉書 44 死んだのち

絵葉書の写真は、枯れ葉に太陽があたったときに葉脈がきれいに見えたので思わず撮影した写真です。




緑色の葉を太陽にあてても葉脈を見ることはできません。



しかし、光があたることで葉は光合成を行います。



光合成が行われるために葉脈は水や養分を運ぶための重要な役割をします。




決して見ることができないのに確実にそこに存在し、大切な役割をはたしているのです。





写真の葉脈は、葉が枯れたからこそきれいに見ることができました。



生き生きとしている葉では見ることができないのに、枯れ葉なら見ることができると、



つい葉が枯れたから葉脈が出てきたと勘違いをしてしまうかもしれません。



私達人間も、「死ぬと仏様になれる」と勘違いをしてしまうことがあります。




そんな私達に江戸時代の和尚様である白隠禅師は
死んだのち 仏と成ると 思うなよ しなぬ内こそ 真の妙法
と説いているのです。





死んで仏になるのではない、生きているうちに仏になることが大切だと説いています。




写真の葉が私達人間だとすると、葉脈は私達が生まれたときからいただいている「尊い心」だと考えることができます。




生きているときから、生き生きと葉の葉脈は役割をはたし、葉を中から支え続けてくれています。
私達の心も当然、生きているときから私達を支えてくれています。しかし、その心が見えないからこそ、存在しないと勘違いをしてしまいます。





私達の心が仏様と同様に尊い心だと気付き 磨いていくことの大切さを、白隠禅師は 「死んだのち・・・」
と説いてくれているのです。






そして心を磨く方法がお寺にはたくさんあるのです。





葬儀や法事などのお参り
坐禅
写経
布薩



などなど・・・





姿勢を正し、呼吸を調え、静かな気持ちで写経に取り組んでいただければ きっと自分自の「尊い心」に気が付くことができるのではないでしょうか。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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