犬のしつけと警策

 東光寺(静岡市清水区横砂)では毎年夏に小学生がお寺で1日を過ごし様々なことを学ぶ「寺子屋体験」を行っています。





 その際に特別授業として小学生が普段は中々出会うことがない人の話しを聞く企画も行います。





 先日の寺子屋体験には大学時代の部活の後輩で現在は都内で獣医師として活躍している男性に講師を依頼しました。





 彼は自分の体験などを分かりやすく話してくれて特別授業は好評のうちに終わりました。





 その後、せっかくお寺に来たので彼はそのまま寺子屋体験に参加することになりました。





 そして、全員で坐禅をしているときに彼は人生で初めて「警策【けいさく】」を受けたのです。





警策とは皆様がイメージしている坐禅中にたたく あの棒です!





思った以上に痛かったらしく、坐禅終了後に彼は私に冗談交じりで




「先輩、今の時代 犬におしっこをする場所を教える訓練でも叩いたりしませんよ! 犬も叩かない時代に、なんで人は叩くのですか?」




と言ったのです。





要約すると、昔は犬をしつけるために悪いこと(おしっこを決められていない場所でするなど)をした場合、厳しく叱ったり、叩いていたそうです。しかし、現在では叩くことはせずに、叱ることも減らし、上手に出来たときに大げさに褒める方法が主流になっているそうです。





面白い切り口の質問だと感じながらも、自分なりに以下のように答えてみました。







【以下、答えた内容】



500犬のしつけと警策1



坐禅をするときに姿勢良く坐りたいと思いませんか?




その時に、自分の「良い姿勢」が分からない という方がたまにいます。



では、どうしたら良いのでしょうか?



500犬のしつけと警策2


まずは自分の体を左右に揺らします。






500犬のしつけと警策3


そして、少しづつ 振り幅を小さくしていきます。



振り幅が「0」になったとき、そこが自分の中心であり、良い姿勢になれているのです。




500犬のしつけと警策4


しかし、左右に振らずに片方だけに体を傾けて自分の中心を見つけることはできるのでしょか?



・・・・もちろんできません。




傾いた状態になってしまいます・・・




500犬のしつけと警策5


人が人として成長していくとき、褒められることや認められることだけで成長していくと、心は偏った状態になってしまいます。






自分の体の中心を間違って偏っている状態では、簡単な刺激で転んだりしやすいものです。





それと同じように「叱られたり」、「褒められたり、認められたり」と両方の刺激を受けることは、左右に体を揺らし自分の中心を見付ける方法によく似ています。





叱られることも、褒められることも、両方を経験した方が自分の中心を見つけることが出来るのだと思います。





褒めるだけでも良くない、叱るだけでも良くない・・・・褒めることも認めることも、そして叱ることも全てが大切なのです。





【以上、答えた内容】


※警策【けいさく】は決して叱って叩いているわけではありません。警策は励ましの為に入ります。しかし、話しの内容を分かりやすく説明をするために「叱る」という言葉が出てくることもあります・・・・






このような説明で良かったのか悩みますが、質問をした本人が納得できたようなので安心しています。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる