上を向いて歩くと、新しい発見がある。

以前、「産まれて初めて流れ星を見た時のことを思い出しました・・・」と題して



雲晴れて 後の光と 思うなよ もとより空に 有り明けの月




という道歌を紹介させていただきました。

※当時の記事はこちらをご覧ください。




雲が晴れたから光が発せられたと思ってはならない。 雲に隠れている間も、有明の月は変わらぬ光を発し続けていたのである。



と解釈することができ、仏教では雲は「煩悩」を表し、光は仏様の心である仏性や悟りを表しますので、この道歌は



 煩悩を取り除いたから 仏性という光が光り出すのではなく、私たちの心には仏性という満月のような光が常に宿っていると読み取ることができる言葉であり、「気が付いていないだけで、仏様の心はここにある。」と紹介をさせていただきました。




最近、改めて



雲晴れて 後の光と 思うなよ もとより空に 有り明けの月



を思い出す出来事がありました。それは、地元のフリーマガジン「すろーかる」の表紙でした。



500良さの発見16071802




「清水駅前」の特集記事の表紙に小さい頃から数えきれないほど歩いた駅前銀座の写真が使われていたのです。




しかし私には、それが何度も通った駅前銀座の天井だと気が付くことができなかったのです。




そこで、改めて駅前銀座を歩く機会があったときに天井を見上げてみました。




すると、ありました!!




500良さの発見160718




表紙と同じ場所です。



やはり、数えきれないほど通過したことがあった場所でした。



私が見上げたから素敵なステンドグラスが現れたのではありません。



ずっとそこにあったのです。私が気が付かないだけで・・・・



 銀座の素敵な天上のように「仏様の心はここにある」ということも、気が付かないかもしれません。


 
 または、知識として知っていても実感ができないかもしれません。





 はたまた忘れてしまうかもしれません。しかし、





「仏様の心はここにある!」それは間違いない!!





駅前銀座の天井を見ながら、そんなことを考えていました・・・
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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