誕生日と布施 【後編】

誕生日と布施 【後編】




 昨日、幸福で長命であることを表す「福寿」をいただいたことを記事にさせていただきました。

※昨日の記事はこちらです。





500福寿160623 文字入れ



「福寿」は地蔵尊供養の御供え物として、お地蔵様に御供えされ読経終了後に皆様に配られました。



この「福寿」を御供えしたのは、毎月23日に欠かさずにお参りや写経会に来てくださる1人の女性です。



お参りの日の朝にいつも通りに本堂へ行くと



「もうすぐ私の誕生日です。誕生日がくると90歳になります。今日は80代最後の御参りになるので、お菓子を持ってきました。皆さんで召し上がってください。」




と、女性が声をかけてくださいました。






仏教の大切な修行のひとつに 「 布施 【ふせ】 」 があります。




布施とは 自分の持っている物を分けたり、できることを 人の為、誰かのためにすることを意味しています。




残念ながら、世間では


お布施 = 読経の対価


という誤解が生じてしまっています・・・・


確かに「布施」の中には



自分の財産を施す 「財施【ざいせ】」 という行為もあります。


しかし、布施は財施だけではありません。


仏様の教えを伝える 「法施【ほうせ】」や人々から恐怖を取り除く 「無畏施【むいせ】」など、など・・・・





あくまでも、見返りを求めずに人の為、誰かのために精一杯できることをすることが「布施」なのです。





「福寿」を御供えした女性は誕生日を迎えることに喜びを感じているのだと思います。



私のような未熟者も「誕生日」に喜びを感じますが、どうしても「何かもらえる」「何かしてもらえる」と考えてしまいます。



しかし、女性は喜びを感じたとき、その喜びが自然に「感謝」となり、「福寿」を御供えすることで感謝の気持ちを表したのだと思います。




当然、見返りなど求めていません。調った心で自然と御供えすることができる心こそが、布施の心だと感じました。





誕生日に「何がもらえるかな!?」などと考えてしまう未熟な私の考え方が根本から違っていることに女性が御供えをした「福寿」とお供えをしていただいた心に教えていただきました。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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