知識を増やすと知恵は身につくが、智慧は身につかない!

 お彼岸と関係の深い六波羅蜜(ろくはらみつ)特集をしています!今回は六波羅蜜の1つ

「智慧(ちえ)とは」


「ちえ」を漢字で書いてください。と言われると

「知恵」

と書く人が圧倒的に多いと思います。実はこの「知恵」と「智慧」おなじ「ちえ」なのですが、全く違うものです。

迷いを離れ、物事の心理を正しく観る力

「智慧」と言うのに対して、「知恵」は、生まれた後に学習し身に着けた、物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力のことを言います。


つまり、


生まれた時から持っている先天的なのもが智慧、後天的なものが知恵・知識なのです。



知恵と智慧


 仏教では人は生まれながらに仏様の心を持っていると言われています。この仏様の心が「智慧」なのです。しかし、「物事の心理を正しく観る力」は実社会を生きていく中でいつの間にか、その力を存分に発揮することができなくなってしまいます。

 本来持っている智慧(物事の心理を正しく観る力)が働き始めるためには「禅定」が必要になってきます。「禅定」は「精進」しなくては身に付きません。このように、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六波羅蜜はお互いに深く関係し、決して1つだけで存在しているわけではないことがわかります。智慧だけを求めることはできないのです。


 私の3歳になる娘は、お尻を丸出しにしたまま部屋の中を走り抜けることがあります。それは、まだ寝ションベンの危険性があるため夜になるとオムツを着用して寝ているため、朝起きるとトイレに行ってオムツを脱ぎ、おしっこをします。用が済んだとき彼女は新しいパンツが必要だということに気が付き、パンツが置いてある棚まで全力で走っていくのです。ただただ純粋な気持ちで、パンツが無いから一生懸命パンツを取りに行く(当たり前のことを当たり前にする)。
これも立派な智慧なのだと思い込もうとしながら、パンツを持ってトイレに行くという「知恵」を授ける父親がここにいるのです・・・
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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