「いのち」を感じるしゃぼん玉

 皆様と同様に私も様々な経験をこれまでにしてきました。




 多くのことを経験をすると今まで何も感じなかった景色が、急にこれまでとは違ったように感じることがあります。





 その1つがしゃぼん玉です。



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以前は「楽しそうだな」「大きいのをつくりたいな」としか見ていませんでした。



最近はしゃぼん玉を見ていると「いのち」を感じるようになりました。



子供が一生懸命ストローを吹くとたくさんのしゃぼん玉が飛んでいきます。



500シャボン玉と命160427




大きい物も小さい物も・・・

1つで飛んでいくもの、まとまって飛んでいくもの・・・








本当に様々なしゃぼん玉が飛んでいきます。



そして、間違いなく割れてしまいます。



「いのち」も現れては消えていくように。



では、「いのち」は消えて無くなるのでしょうか?



そして、しゃぼん玉は割れしまったら、全てが無くなってしまうのでしょうか!?



そんなことはありません。



しゃぼん玉は割れても、




 ほのかに残る香り、割れて飛び散ったしずく、そして何よりもしゃぼん玉が飛んでいた事実と、目撃した人の記憶などなど・・・・
多くのものが残ります。




「いのち」も同様なのではないでしょうか



人は亡くなってしまえば、全てが終わってしまう



なんてことはありません。




吾等もとより空手にして、この世に来り、空手にして又帰る




しゃぼん玉は割れてしまいます。



確かにしゃぼん玉そのものは無くなってしまいます。



同様に、私達は何も持たずに帰っていきます。



肉体は滅びてしまいます。



しかし、多くの大切なことを残すことができるのです。



自分の為ではなく、誰かの為に何かを残すことができる。



その為には、「自分のもの」など存在しないことをはっきりと自覚することが大切でだと、割れていくしゃぼん玉を見ながら、空手【くうしゅ】という言葉を思い出しながら感じています。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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