保育園での節分(豆まき・鬼退治)で感じること 【その3】

鬼の復活!??



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東光寺(静岡市清水区横砂)の境内にある袖師保育園に毎年2月3日に鬼がやってきます!!

※保育園での節分の様子はこちらをご覧ください。




このときに感じたことを紹介していきます。




今回は、その3回目です。






節分での行事のお楽しみと言えば





「豆まき」ではないでしょうか。 




お楽しみの「豆まき」は本当の「豆まき」ではなく、年男や年女のなど、その役の方が高い場所から豆(餅、お菓子なども含む)を投げ、他の人達が受け取る(拾う)ものです。




 子供の頃は非常に楽しいと感じていましたが、保育園の職員として初めて豆まきの様子を見たときに・・・




 なんで こんなことをするのだろうか?




 と感じてしまいました。





 もちろん、この時には節分の行事の奥深さを感じていなかったために、「やる必要などないのではないか」と考えてしまいました。





節分の行事は

1.紙芝居で自分の心の中に「鬼」がいることを知る。

2・突然やってきた「鬼」を退治する。

3.豆まき(お菓子を投げてもらい拾う)

といった流れで進んでいきます。




園児たちは、お菓子を拾う「豆まき」をとっても楽しみます!!



拾ったお菓子を入れるための袋を手に、必死でお菓子を拾います。





 「お菓子を拾い集める」と言えば聞こえはいいかもしれませんが、実際の現場は奪い合いです・・・・



 お菓子が飛んで来れば、そのお菓子を奪い合います。




 その姿は・・・・




 鬼の復活



 と感じてしまいます。





 せっかく心の「鬼」を退治したのに、その後すぐにお菓子を奪い合って心の「鬼」を復活させてしまったのではもったいないなぁと感じてしまいます。





 しかし、節分の行事の流れには大切な意味があると感じたとき お菓子などを投げる「豆まき」も良いものだと考え方が変わりました。





 園児たちは「鬼」をやっつけた後、すぐにお菓子の奪い合いを始めます。




 休憩をはさまずに行事は進んでいきますので、「鬼」を退治した「調った心」の状態から、お菓子を奪いあう「鬼の心」に変化をしてしまうのです・・・・





 しかし、この心の状態変化そのものを園児たちは体感をしているのだと考えるようになりました。




 心は常に変化する、 仏様のような心にもなれば、鬼のような心にもなる




 このことを節分の行事から園児たち体感しているのだと考えています。
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人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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