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絵葉書法話 32【三昧】


640写経会 絵葉書 32 三昧

絵葉書【32】三昧





まだ幼い娘と山を登っているときのことです。


娘は初めて歩く道にビクビクしながら、鳥の声が聞こえればキョロキョロ、風で葉っぱが揺れる音が聞こえればキョロキョロしていました。


なかなか前に進みません。



やがて、ビクビクはワクワクに変わります。


少し歩いては足を止めてドングリを拾い、少し歩いては葉っぱを拾い・・・


やはりなかなか前に進みません。




しかし歩き続け山の頂上が近づいてくるとキョロキョロすることや何かを拾うことを止めて、まっすぐに道の先だけを見るようになっていました。




こうなると、目標としていた山頂にたどり着くことは難しいことではありません。







心を静めて一つの対象に集中し  心を散らさず 乱さぬ状態 を三昧【ざんまい・さんまい】と言います。




仏教語辞典の三昧の部分には


“悟りに至るには三昧が前提とされる”


という一文もあるくらい、心を静めて一つの対象に集中することを大切にしています。







子供が山の頂上を目指して歩き出すが、なかなかゴールできない姿は

様々な迷いや欲望に振り回されて、前向きに進むことに集中できていない私達の姿に似ているような気がします。






山道を歩く子供が最初のうちは怖がったり気を散らして前に進みません。それでも歩き続けると、やがて歩くことに集中します。

歩行三昧です。

同じように私達が迷いや欲望に振り回されて前に進むことができないときも、正しいことを少しでも続けていれば、やがて大きく前進することができるのではないでしょうか。


絵葉書法話33 【放下著】

600写経会 絵葉書 33 放下著


捨て去った姿は力強い




木の葉は光合成をして作り出した栄養分を木の幹に送るだけでなく、最後は自分自身をも分解した栄養分も幹に送り散っていく。だからこそ葉が落ちた木々は、あっという間に葉を生い茂るための底知れぬ力を秘めた力強い姿にも見える。
絵葉書【33】放下著










葉っぱが枯れ、木から落ちていく瞬間を「死」と例えることがあります。


葉っぱは枯れるまで、光りを受けて必要な養分を作り出す「光合成」を行っています。


光 + 水 → エネルギー(養分) + 二酸化炭素


ここで生み出されたエネルギー(養分)は葉っぱの成長のためだけでなく木の幹に運ばれ、木全体の成長にも使われます。


さらに葉は枯れていく段階で自分自身をも分解し、その栄養分すら木に送り込み散っていくのです。


葉っぱ自身が作った養分を「母」や「御先祖様」とも言える「木」に返すのです。






禅の言葉に 放下著【ほうげじゃく】という言葉があります。



煩悩妄想だけでなく 仏や悟りまでも捨て去り すべての執着を捨て去る


ことを説く言葉です。





一生懸命に何かに打ち込んだとしても、そこで得たものにこだわってはいけないと言うのです。


写真は東光寺本堂の前の冬の菩提樹です。


春から秋にかけて生い茂った葉は全て落ちています。


この葉のない菩提樹の状態を見て「さみしい」と感じるかもしれません。


しかし見かたを変えれば、直前まで生き抜いた葉が作り出した養分を蓄え、春になり新芽が噴き出し、あっという間に葉を生い茂るための底知れぬ力を秘めた力強い姿にも見えます。


私も自分が一生懸命取り組んできたものを「捨てなさい」と言われると「もったいない」と感じてしまいます・・・


しかし、捨て去らなくてはいけないのです。


木も葉がもったいないとため込んでしまったら、新しい葉が生えてくることができず十分な光合成を行うことができません。捨て去るからこそ新たな力を得て前に進むことができるのです。


同様に、煩悩だけでなく自分が積んだと感じている功徳を捨て去ることができたとき、全ての葉を失ってもあっという間に葉を生い茂るための底知れぬ力を秘めたような力強い生き方を見出すことができるのではないでしょうか。

絵葉書法話34 【無所得】

600写経会 絵葉書 34 無所得 空手にして来たり





空手にして、この世に来り、空手にして又帰る


私たちはもともと何も持たずにこの世に生まれ、そして生きる御縁が尽きれば何も持たずにあの世に帰っていく

絵葉書【34】無所得









しゃぼん玉が割れると中の空気は外の空気と一体となります。


しゃぼん玉の薄い膜によって中と外に区切られていましたが、膜が無くなれば外も中も関係ありません。


中の空気の方が尊い、外の空気の方が新鮮・・・

そんなことはありません。


中の空気も外の空気もまったく同じものなのです。





私達の“いのち”も同じです。


仏教では私達の“いのち”はそれぞれが単独で存在するのではなく、全てが繋がっていると説いています。


その大きな“いのち”を様々な言葉で表現をしますが、その中に「大いなるいのち」という言い方もあります。


私達は自分の“いのち”だと思っているものは大いなるいのちから飛び出した1滴の水のようなもので、やがては元の場所に戻っていきます。




これはしゃぼん玉の中の空気と同じではないでしょうか。


縁があってしゃぼん玉の中に入ったが、やがては元の場所に戻っていくのです。




まさに、

私たちはもともと何も持たずにこの世に生まれ、そして生きる御縁が尽きれば何も持たずにあの世に帰っていくことを表す


吾等もとより 空手にして、この世に来り、空手にして又帰る


の世界です。




はかなく割れるしゃぼん玉は「私達は何も持たずに生まれ、何も持たずに帰ってく。自分のものなど、何一つない。」と語り掛けます。


しかし、だからといって自分から膜を壊して割れるしゃぼん玉などありません。


その姿から、御縁に身を任せながらも精一杯にいのちを生かしきることの大切さを私達は学ばなくてはいけないのです。

絵葉書法話35【菩提薩埵】

640写経会 絵葉書 35 上求菩提下化衆生


上求菩提 下化衆生【じょうぐぼだい げけじゅじょう】


上に向かっては、永遠に無上の悟りを求め続け、
 同時に下に向かっては、つねに無限の衆生を救っていこうと誓う人を菩薩と言う。

絵葉書【35】菩提薩埵






東光寺(静岡市清水区横砂)の墓地で小さな子供に

「なんでここにいる仏さまは みんな形が違うの?」

と聞かれたことがあります。



確かに東光寺の墓地には多くの観音様が祀られており、様々な姿をされています。


そのときは

「ここにいらっしゃる仏様は観音様と言ってみんなを助けてくれる仏さまなんだよ。いろんな方法でみんなを助けてくれるから、いろんな形をしているんだよ。」

と答えました。






“観音様”はもう少し丁寧に言いますと観音菩薩様と言います。



上求菩提 下化衆生【じょうぐぼだい げけじゅじょう】を続けることを菩薩と言います。



上に向かっては、永遠に無上の悟りを求め続け、
 同時に下に向かっては、つねに無限の衆生を救っていこうと誓う人を菩薩と言うのです。


そして、この 上求菩提 下化衆生 は






すべてをわが子と見、

花と見ていく心を

自覚するならば

人類を愛さずにはいられない







とも表現することができるのです。




まさに我が子を見守る保護者の姿です。



もちろん保護者の姿は みな違います。



だからこそ、観音様も多くの姿をしているのかもしれません・・・

絵葉書法話36【依般若波羅蜜多故】

500写経会 絵葉書 36 本来無一物


知力・体力・気力



知力には勉強、体力なら運動、では気力は?

それには六波羅蜜の実践!
誰かの力になり、約束を守り、苦しみを乗り越え、何事にも一生懸命取り組み、心を調えて、仏の心で生活することが必要です。

絵葉書【36】依般若波羅蜜多故







基礎は大切です。


勉強面で言えば、基礎学力がなければ成績は向上しません。


体力面で言えば、基礎体力がなければ成績は向上しません。


その分、基礎ができている人は大きく飛躍する可能性が高いように感じます。


では気力の面において“基礎気力”とは何でしょう。


私は仏教が説く「誰もが生まれたときから頂いている尊い心(仏の心)」こそが“基礎気力”であると考えています。






この面を鍛えるためには、


・誰かの力になり

・約束を守り

・苦しみを乗り越え

・何事にも一生懸命取り組み

・心を調えて

・仏の心で生活する






という六波羅蜜があります。
しかし、六波羅蜜にばかりこだわってはいけないと、江戸時代の禅僧である仙厓義梵【せんがいぎぼん】禅師は


坐禅して 人は仏に なるという

われは仏の 子にかへるなり



と、“基礎気力”は身に付けるのではなく思い出すものだと説いてくださっています。



これから大きく飛躍するために基礎を大切にしていこうと感じたとき、仙厓義梵禅師が「われは仏の子にかへるなり」と表現した “基礎気力”も忘れてはいけないのです。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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