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「間」が大事 写経会での法話 (63)

500写経会 絵葉書 633


女の子が海に行きました。



波が来るたびに 女の子はしゃぎまわっていました。






500写経会 絵葉書 632


お姉ちゃんが近くに来れば 「遊ぼう、遊ぼう!」と誘います。





この子は、動き続けていました。





500写経会 絵葉書 634


しかし、ふと海の向こうに出てきた太陽に気がついたとき その美しい光景に見とれて動きが止まりました。





私達も普段の生活で、ふと立ち止まる瞬間があります。



それは美しい光景を見たときだけではありません。





朝、仏壇の前で手を合わせたときや

仕事の合間の休憩時間

寝る前に 目を閉じて体と心が調ったとき




など、意識して立ち止まる時間を作ることもできます。





意識をして立ち止まることで「間【ま】」ができます。



「間【ま】」が大切なことは誰もが理解しています。



美しい光景に見とれて動きが止まった子供のように自然と間【ま】を取ろうと思ったとき




朝の合掌に今日も生きぬくことを願うこと。

昼の汗に生きているよろこびを感じること。

夜の反省に生かされている感謝をすること





こそが大切なのだと感じて今回のような絵葉書を作成いたしました。


500写経会 絵葉書 63

「かぁぁぁぁつ!!」には4種類ある知ったとき本当にびっくりしました・・・

500水の中のペンギン

動物園でペンギンを見ていると、ペンギンが近くに遊びに来てくれることがあります。

私が動物を見ているのか、動物が私を見ているのか・・・

どっちでしょう??






先日より「喝【かつ】」について記事を書いています。
※それぞれの題名をクリックすると記事をご覧になっていただけます。



身近にある「転換点」に気がつく

「喝!」は転換点

「かぁぁぁぁつ!!」 と言われて起きたことはありませんか

葬儀(お葬式)で「喝!」と叫ぶ理由

心に残っている葬儀での光景







これらの記事の中で


喝は、師匠が弟子の迷いを断ち切り、悟りの世界に導くための行為とも言われています。


と、紹介しています。





実はこの「喝」は4種類あるそうです!


初めて知ったときは衝撃でした。


え、言い方を変えるの??


などと考えた私が本当に恥ずかしい・・・






臨済宗の一番最初の和尚様・臨済義玄禅師は「喝」は「四喝【しかつ】」といって、4つのはたらきがあると示されています。



1つ目は「金剛王(こんごうおう)宝剣の一喝」です。

金剛とはダイヤモンドのようなとても固いものです。その固い金剛王の宝剣で一切を断ち切るはたらきがある「喝」です。
つまり、いっさいの煩悩を断ち切るようなことを例えていると言われています。



2つ目は「踞地金毛(こじきんもう)の獅子の一喝」です。

これはあたかも獅子が大地にうずくまって獲物をねらうはたらきのことです。威厳にみちていて、なにものをも寄せつけないはたらきをいいます。




3つ目は「探竿影草(たんかんようぞう)の一喝」です。

これは、水の深さをさぐる竿(さお)のようなはたらきです。「一喝」をくらわしておいて、相手の力量をはかろうというはたらきがあります。




そして4つ目は「一喝の用(ゆう)を作(な)さず」です。

これはもはや「一喝」のはたらきさえもしないということです。「一喝」の気配をみせないということです。修行者が修行に修行を重ねて、もう学ぶことがない境地に至った自由自在な姿とも表現できるものです。この境界から発する一喝こそが、この一喝の用(ゆう)を作(な)さず」です。だからこそ、この一喝は、必ずしも私達が想像する「喝」の形ではありません。普段の生活、その一挙手一投足がすべてこの一喝となるのです。ですから、この喝は他の三つの喝の根源であるとも言われているのです。







臨済禅師が御弟子様を指導された記録の中に、多くの「喝」が出てきます。その中でも私が印象に残っているのは、臨済禅師が亡くなる際に説かれた一節です。



臨済禅師がいよいよ最期という時に、きちっと坐禅をして、弟子たちを前にして


「わしが死んだ後に、おまえたちに伝えたこの仏法を決して滅ぼしてくれるなよ」


と言われたのです。すると、弟子の三聖(さんしょう)という方が前へ出て言ったそうです。



「どうしてそんなことをいたしましよう、あなたの教えを滅ぼすようなことはいたしません。どうぞ、ご安心下さい」



これを聞くと、臨済禅師は



「それなら、今後 誰かがおまえに臨済の教えとは何だ。と訊ねたらお前はなんと言うか。」



と聞きます。すると三聖は



「喝ァァァーッ」



と一喝を吐いたのです。すると臨済禅師は



「わしの教えがここで滅びてしまうとは」



と言い終わって、端然と坐禅をしたまま息を絶えられたのです。





という話があります。






 この話を初めて読んだとき、まだまだ未熟な私は、臨済禅師は最後までなんて厳しい言葉を残された方なのかと感じました。




しかし、昭和の禅僧である山田無文老師は著書「臨済録」の中で


臨済禅師が言われた「わしの教えがここで滅びてしまうとは」という部分は三聖を叱っているようであるが、腹の中では、そうだその勢いじゃ。その力ならわが教えは滅びないであろうと許されているのである。




と示されています。さらに、


しかしまた、そういう臨済の一喝の真似をしておるだけでは、わが教えは滅びてしまうぞと、後々のものにしっかりと釘をさしておられる。




と示しています。



実はこの、三聖こそ臨済録を編集した一番弟子なのです。

臨済禅師の教えは今でも脈々と受け継がれていることは、今でも臨済宗の寺院が多くあり、教えをまとめた臨済録が多くの方に親しまれていることから良く分かります。

ですから、臨済禅師の「わしの教えがここで滅びてしまうとは」という言葉をそのまま受け取ってしまうのは確かにおかしなことです。





三聖が吐いた一喝こそ、

「わしの教えがここで滅びてしまうとは」という言葉を言葉のままに受けとろうとした未熟者の私にとっては四喝の中の煩悩を断ち切る金剛王(こんごうおう)宝剣の一喝であり、

臨済禅師にとっては相手の力量をはかろうというはたらきがある探竿影草(たんかんようぞう)の一喝であったように感じます。




「喝」は4つあるという教えに納得すると同時に、今を生きる私達に1200年以上前の方から時間の概念を取っ払って「喝」が届くことにも感動します。

身近にある「転換点」に気がつく

500保育園の坐禅体験1801244






私には尊敬する和尚様がいます。

大阪市天王寺区にある天正寺(臨済宗)の住職・佐々木奘堂師もその1人です。

先の文章は佐々木師の坐禅会案内です。




坐禅会のご案内です。



坐禅とは、心の状態をどうするこうするというちっぽけな方法でなく、はるかに根本的な生きる姿勢の大転換です。

腰(気)が抜けた姿勢で生きていることから、

腰(気)の入った人間として生きることへの




根本からの大転換です。

今現にもっている力を今発揮するだけの道ですので、

誰でも歩んでいける道です。

早く、この端的な道に向かいませんか?

(と道元禅師も言っています。)




天正寺のホームページはこちらです。







先日より「喝【かつ】」について記事を書いています。

※それぞれの題名をクリックすると記事をご覧になっていただけます。



「喝!」は転換点

「かぁぁぁぁつ!!」 と言われて起きたことはありませんか

葬儀(お葬式)で「喝!」と叫ぶ理由

心に残っている葬儀での光景







これらの記事の中で


喝は、師匠が弟子の迷いを断ち切り、悟りの世界に導くための行為とも言われています。


と、紹介しています。ですから


喝は迷いの世界から悟りの世界への転換点と言えるのです。



「喝は転換点」という記事の中でも


このような、転換点は、私達の身近にたくさんあります。


と書きました。この身近な転換点こそ佐々木師の言葉で表現するならば「坐禅」なのです。



この大転換を体験するために大阪の天正寺までいけないという方もいるのではないでしょうか。



東光寺(静岡市清水区横砂)では毎月坐禅会を開催しています。
※坐禅会についてはこちらをご覧ください。



坐禅会は特別なお寺だけで行われる珍しい行事ではありません。


興味のある方は「大転換」になる坐禅会へ挑戦してみてはいかがでしょうか。

「喝!」は転換点

500卓球 素材


私は卓球が好きです。



卓球は小さい子供から、お年寄りまで楽しむことができる素晴らしいスポーツです。



”下手の横好き”程度のレベルですが、中学、高校、大学と卓球部に所属し練習をしてきました。



その大学時代の先輩に印象に残っている選手がいます。



その先輩はとにかく試合中の「気合い」がすごい方でした。



先輩は試合中に自分のラケットで、自分の太ももを叩いて気合を入れる癖がありました。



しかも、叩き方がすごいのです。



少しくらい離れていても「パチーン」という音が聞こえるほど叩きます。



そして、この「気合い」を入れたときは大概得点をするのです。



だったら1点1点、毎回「気合い」を入れれば良いのではないかと感じるかもしれません。



しかし、それはできないのです。



それは「気合い」が強すぎるからです。



「気合い」を入れると足にラケットの形が残るほど、真っ赤に腫れるほどです。



ですから試合の中で、確実に点が欲しいときに「気合い」を入れていたのです。



興味深いことに、この先輩は、普段から「気合い」を常に入れているわけではありません。



それどころか、普段は非常に穏やかで論理的な方でした。



練習方法を論理的に考え、様々な練習をしている方です。



普段から練習前を練習中も、そして練習後も頭を徹底的に使っていました。



ところが、試合になると「気合い」を入れるのです。





私は、先輩の「気合い」は禅宗の「喝」に通じるものがあると思っています。



先日からブログの記事で

「かぁぁぁぁつ!!」 と言われて起きたことはありませんか

葬儀(お葬式)で「喝!」と叫ぶ理由

心に残っている葬儀での光景

と「喝」について紹介をしてきました。




その中で、



喝は、師匠が弟子の迷いを断ち切り、悟りの世界に導くための行為とも言われています。



と、紹介しています。




導く喝と、足を叩く気合い



通じるものはあるのでしょうか。



弟子は修行中徹底的に悩み、苦しみます。様々なことを学び、頭で考え勉強し、修行を続けます。



そこに「喝」です。これまでの悩み・苦しみ・学び・勉強、全てが一体となって悟りの世界へと導かれます。






足を叩くことも同じです。



それまで、徹底的に頭を使って練習をしてきています。



しかし、だからと言って実際の試合中に相手が球を打ってから頭を使って考え、その後体を動かしていては絶対に間に合いません。



気合いを入れることで、これまで頭で考えていたことが体と一体となるのです。



そうすることによって、頭で考えているかのように、自然と体が反応しボールに対応することができるのです。




先輩の「気合い」は2つに分かれて動いていた頭と体が1つになる転換点であり、



「喝」も全てのものが一体となる(1つになる)転換点なのです。




このような、全てのものが1つになる転換点は、私達の身近にたくさんあります。




その転換点をこれからも体で感じていけるように、普段から努力を続けていきたいと考えています。

冷たいお茶に学ぶ その2

500冷たい緑茶180926



 慣れた味をおいしいと感じる



前回の記事で「慌てて作った冷たいお茶をおいしいと言ってもらってホッとした」ことを書きました。



普段、冷たい緑茶作るときには6時間以上冷蔵庫の中に入れて作ります。


しかし、その日は冷たいお茶を作り忘れ、お湯も使ってお茶を入れて氷で冷やしました。


すると、お茶の色も味も違うものになりました。

※記事はこちらです。



このことから少し感じたことがあります。


慌てて作った冷たい緑茶をおいしいと言ってくれたのは、普段から緑茶を飲む習慣がある人でした。


反対に、6時間かけて作った冷たい緑茶をおいしいと言ってくれた人は、普段はお茶を飲む習慣がない人でした。
(私個人の感想です)



以前ある人が


おいしいと感じる味は、慣れた味だ!

世界の人達が共通しておいしいと感じるものなどほとんどない。

それよりも小さい頃から慣れた味を私達はおいしいと感じているのだ!





と言っていました。



慌てて作った冷たい緑茶の味は、普段通りお湯で入れたお茶を冷やした味と同じです。

つまり、普段から緑茶を飲む習慣がある人にとっては「いつもの味」です。

だから、おいしいと感じてくれたのだと思います。




「いつもの」はとても大切なことだと実感しました。



臨済宗妙心寺派の生活信条には

一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう

という言葉があります。



私達が普段の生活を送る上で大切にする教えです。



何か特別なことを普段の生活で求められているわけではありません。

「いつもの生活」が大切なのです。

その「いつもの」をより良くするために「一日一度は静かに坐りましょう」と教えてくれているように感じます。





小さい頃に良い習慣に慣れておくことは大変良いことです。

すると、その良い習慣が自然と「いつもの」に変化していくように感じます。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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