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仏教豆知識シール 【白隠禅師 坐禅和讃 その3】

東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回参加者に手作りの「仏教豆知識シール」を配布しています。今年の夏は坐禅会の際に必ずお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」というお経をシールにして紹介しました。



全部をまとめて1つの記事で紹介すると長くなりすぎますので3回に分けて紹介させていただきます。(この記事は【その3】です)

※【その1】はこちらをご覧ください。

※【その2】はこちらをご覧ください。


500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン17



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン18



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン19



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン20



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン21



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン22



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン23



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン24



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン25







いわんや自ら廻向して

直に自性を証すれば

自性即ち無性にて

已に戯論を離れたり

因果一如の門ひらけ

無二無三の道直し

無相の相を相として

往くも帰るも余所ならず

無念の念を念として

謡うも舞うも法の声

三昧無礙の空ひろく

四智円明の月さえん

この時何をか求むべき

寂滅現前するゆえに

当処即ち蓮華国

この身即ち仏なり










ましてや、自分から修行【回向:えこう】をし、
"回向:功徳を積んだとき、その功徳を自分一人のもにせず、本尊様や御先祖様、世間の多くの人々に差し向けること。"

本来の自分を感じとることができれば、生死や男女などの区別なく、すでに愛着や煩悩から離れているのです

原因と結果は切り離すことのできないように、私達と仏様も切り離すことはできません

ただ1つの真実の道をまっすぐに歩みましょう

世界が姿形などにとらわれない自由自在な世界だという真実に気が付けば、どこにいても「そこ」が心安らぐ我が家となります

こだわりのない、ほどけた心で過ごすことができれば、歌ったり踊ったりすることを含めて全ての行動が仏法を表します

心を落ちつけることで、何もさえぎるものがない大空のように、心は自由で広いことに気が付きます

悟りという清らかな月が輝いています

このような時に、何か他に求めるものがあるのでしょうか

様々な欲望が消え、心が静まり、究極のやすらぎを得られた今

「ここ」こそが極楽であり、

「この身」こそ仏様なのです


仏教豆知識シール 【白隠禅師 坐禅和讃 その2】


東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回参加者に手作りの「仏教豆知識シール」を配布しています。今年の夏は坐禅会の際に必ずお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」というお経をシールにして紹介しました。



全部をまとめて1つの記事で紹介すると長くなりすぎますので3回に分けて紹介させていただきます。(この記事は【その2】です)

※【その1】はこちらをご覧ください。



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン9



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン10



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン11



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン12



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン13



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン14



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン15


500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン16




それ摩訶衍の禅定は

称嘆するに余りあり

布施や持戒の諸波羅蜜

念仏懺悔修行等

その品多き諸善行

皆この中に帰するなり

一坐の功を成す人も

積みし無量の罪ほろぶ

悪趣何処に有りぬべき

浄土即ち遠からず

辱なくもこの法を

一たび耳に触るる時

讃嘆随喜する人は

福を得ること限りなし









そのため、心を落ち着ける(禅定)ことこそが、

私達を支えてくれるのです

慈しみの心を持った他人への施しや自分自身への戒め、正しく生きるための実践方法

お参りや修行、普段の生活を見つめ直し、悔い改めて(反省)今後の行いを正しいものにし、良い行いをしていこうと誓う布薩会など

たくさんの良い行いはありますが、

全て「禅定・坐禅」の中に含まれています

心を落ち着けて坐禅をすれば

悩みや迷い、不安など実はなかったと気付くことができるのです

悪い出来事はどこにあるというのでしょう

「今・ここ」こそが浄土であり、極楽です

有難いことに、この法(仏様の教え)を一度でも耳にすることができたとき

仏様の教えを、受け入れ、信じ、讃える人は

必ず幸福を手に入れることでしょう





※ 続きはこちらです!

仏教豆知識シール 【白隠禅師 坐禅和讃 その1】




東光寺(静岡市清水区横砂)の子供坐禅会では毎回参加者に手作りの「仏教豆知識シール」を配布しています。今年の夏は坐禅会の際に必ずお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」というお経をシールにして紹介しました。



全部をまとめて1つの記事で紹介すると長くなりすぎますので3回に分けて紹介させていただきます。




白隠禅師坐禅和讃は、白隠禅師が、坐禅を民衆にすすめるために作ったものであり、臨済宗ではとても大切にしているお経です。




坐禅会に参加してくれている子供達にも、坐禅和讃の教えに親しんでもらいたいと考え、イラストと共に内容を少しずつ紹介していきました。



今回の記事【その1】では、1/3ほどを紹介させていただきます。




500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン1


500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン2



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン3



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン4



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン5



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン6



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン7



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン8




衆生本来仏なり

水と氷の如くにて

水を離れて氷なく

衆生の他に仏なし

衆生近きを知らずして

遠く求むるはかなさよ

譬えば水の中に居て

渇を叫ぶが如くなり

長者の家の子となりて

貧里に迷うに異ならず

六趣輪廻の因縁は

己が愚痴の闇路なり

闇路に闇路を踏みそえて

いつか生死を離るべき






みんな 本当は 仏様なんです

それは 水と氷のようなもので

水がないと氷はできません

私達以外に仏はありません

私達自身が仏なのに

遠くに仏を探すのはもったいないことです

例えば 水の中で

水が欲しい!と叫んでいるようなものです

お金持ちの家に生まれたのに

「お金がない」と悩んでいるようなもの

いつまでも苦しみや迷いの世界から抜け出すことができない原因は

"自分自身が真実に気が付かず・知らずに悩むためです

愚痴:仏教の教えを知らず人生や事物の真相に明らかでないこと"

その 長い長い 闇を通り抜けて

いつかは生死(迷い・苦しみ)から離れることが大事です






※ 続きはこちらです!

子供に坐禅会で話したこと 第289番 流木 【仏教説話31】

子供坐禅会(平成29年冬休み:テーマは仏教説話)で話した内容を紹介させていただきます。今回は

仏教説話シリーズ その31 【流木】

です。

500第289番 流木 【仏教説話31】


東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回お寺や仏教に関係する話しをしています。



そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。



自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・






毎年12月15日16日は地元の秋葉山のお祭りです。



子供達はとっても楽しみにしています。



約500メートルほどの道にたくさんの屋台が出て大勢の人達が楽しんでいるお祭りです。



小学生時代の私は、秋葉山のお祭りというのは屋台がたくさん出て、お小遣いをもらってその屋台で買い物をするものだと思っていました。




500秋葉山180118




しかしある時、秋葉山のお祭りというのは火の神様を祀るお祭りであって、山のてっぺんにある火の神様をお参りし、一年の安全を祈るものだと知りました。



それまで、確かにお参りする人がいるなあとは思っていましたが、屋台を見るのが楽しくて山のてっぺんまで登ることはありませんでした。



お参りをすることがお祭りの目的であると知った後もお参りに行こうと思っても、ついつい道の両側にある屋台に吸い込まれなかなか前に進むことはできませんでした。



500秋葉山1801182



山へ向かう人の流れはあるのですが、その流れに乗って素直に進んで行けばお参りをすることができるはずなのに、ついつい屋台でたこ焼きを買ったりチョコバナナを買ったりしていました。





昔、お釈迦様のもとで修行をしている修行僧がなかなか悟りを開くことができず悩んでいる時お釈迦様はそのお弟子様に




「河を流れる木は

向こう岸につかず、

この岸にもつかず、

腐ったり沈むこともなく、

誰かに捕まることもなければ

やがて大きな海に出る。

私たちの心も河を流れる木のようにすれば良い。」


と教えたと言われています。






こちらの岸へ行こう、彼方の岸へ行きたい、独りよがりに気持ちを沈めたり、誰かの力で運んでもらいたい、そう言った心を持たず川の流れに全てを任せることで大きな海という悟りの世界に到達することができると言われたのです。



素直な気持ちで流れに乗ることが大切なのだというのです。



秋葉山のお祭りでも素直に人々の流れに乗っていけばお参りをする山の上まで登ることができる。



しかし、ついつい自分の興味のある所ばかりに目がいってしまい横道に逸れてしまうのは私たちの心のありようではないのでしょうか。



また流れに乗るにも、その流れをしっかりと見極めなくてはいけないはずです。



お祭りでも流れを見ずに、ただ目の前の人に付いて行ってしまったら目的地に到着せず迷子になることもあります。



秋葉山ではお参りをする人たちの流れにのっていくように、私たちの人生の中で大きな海に向かっていく人たちと共に生活していくことはとても大切です。



一緒に生活をするというのは良い習慣を共に行うということです。



例えば坐禅会に参加する、写経会に参加する、お寺の行事に参加する、町の行事に参加する、学校で一生懸命勉強するなど様々なことがありますが、昔から多くの人たちが「これは良いことだ」というものに素直に乗っかって流れていくことが今の時代も必要なのかもしれません。

子供に坐禅会で話したこと 第288番 アリの命 【仏教説話30】



子供坐禅会(平成29年冬休み:テーマは仏教説話)で話した内容を紹介させていただきます。今回は

仏教説話シリーズ その30 【アリの命】

です。



東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回お寺や仏教に関係する話しをしています。



そして、話の内容にあった「仏教豆知識シール」を参加者に配布しています。



自分自身の備忘録も兼ねて紹介させていただきたいと考えています・・・・



500第288番 アリの命 【仏教説話30】




お腹を空かせて困っている人に、おにぎりを1つあげる人と2つあげる人がいたとします。


どちらがすごいと思いますか。


普通に考えると2つあげる人がすごいということになります。


しかし、仏教では1つか2つかはあまり関係ありません。


おにぎりを100個持っている人が2つあげるよりも、おにぎりを1つしか持っていない人がその1つを誰かにあげることの方が尊いと考えるからです。

100個持っていれば100個あげる。


1つ持っていれば1つあげる。


今、自分にできることを精一杯することが大切だと仏教ではよく言われています。






仏教の物語の中に「アリの命」という話があります。







あるところに若い修行僧がいました。


修行僧は立派な和尚様のもとで修行をしています。


和尚様は立派な方で普段から修行僧に色々なことを厳しく教えてくれていました。


修行僧も指導してくださる和尚様の言うことを聞いて一生懸命修行をしていました。


この和尚様、実はすごい力があるのです。


どんな力があるのかといえば、もうすぐ死んでしまう人を見分けることができるのです。


あと1週間で死ぬ人が自分の目の前に来ると、


「この人はあと1週間で死んでしまう。」


ということが分かるそうです。


ある朝、和尚様が修行僧を見ると、なんと後1週間でこの修行僧が死んでしまうと分かったのです。


和尚様は修行僧に


「お前はあと一週間で残念ながら死ぬ。だからその前に実家に戻って両親へしっかりと挨拶をしてきなさい。2、3日はそちらで過ごして、またここに戻ってきなさい。」


と言ったのです。


修行僧は和尚様の言うことを聞いて最初は大変に驚きましたが、これまで和尚様があと1週間で死んでしまうと言った人はみんな本当に死んでしまったことをよく知っていたので、自分ももうすぐ死ぬのだと感じたのです。


そこで和尚様に言われた通り、実家へ戻って両親にお礼を言うことにしました。


実家は歩いて1日ほどかかる場所です。


実家に向かって歩いていると、ある場所でたくさんのアリが足元にいることに気がつきました。そしてそのアリが川から溢れた水が流れてきているのも見えました。


修行僧はそのアリたちを迷うことなく助けて安全な場所に移してから、実家に帰ったのです。


実家に帰り両親に「私はもうすぐ死んでしまう」ということを伝えた上で、これまで育ててくれたお礼などを言って2、3日実家でのんびりと過ごすことにしました。


両親も息子がもうすぐ死んでしまうということには大変驚きましたが、今こうして一緒にいられる時間を大切に過ごそうと親子で 有意義な時間を過ごしました。


やがて時間が経ち、修行僧は和尚様の元へ戻ることにしました。修行僧が和尚様のところへ戻ってくると和尚様は大変に驚きました。


なんと修行僧からもうすぐ死ぬ人の特徴がなくなっていたのです。


つまり修行僧はまだまだ元気に暮らしていけるようになっていたのです。


和尚様は驚いて修行僧にこの一週間どんなことがあったのか聞きました。


すると、修行僧は実家に戻る途中アリを助けた話をしました。和尚様はそれを聞いて


自分自身がもうすぐ死んでしまうかもしれないという時にたくさんの命を救ったことで、この修行僧は長くこれからも生きていけるようになったのだとわかったそうです。






このお話の大切な部分は、自分が苦しい時に周囲の苦しんでいる命を救ったということです。



自分が元気な時に周りを助けることはそこまで難しいことではありません。


しかし、本当に自分が苦しい時にこそ、自分にできることを精一杯やって行きなさいと「アリの命」という話は教えてくれています。




そして、なぜ自分がもうすぐ死ぬという時に苦しんでいたアリをこの修行僧は助けることができたのかといえば、それこそ普段の生活が和尚様の下での修行生活だったからなのです。


修行をしていたからこそ、正しいことを素直にすることができたのです。

普段からマラソンの練習をせず、だらだらと過ごしている人が急にマラソン大会に出たところで、まともに走ることはできません。しっかりと毎日練習している人がマラソン大会に出れば良い結果を出すことができるように、普段からの生活が大切だということもこのお話は教えてくれているのです。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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