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六波羅蜜【ろくはらみつ】シリーズ その3:忍辱


“できるけど やらない” と “できない” には大きな違いがある。



という言葉が好きです。



病気になって回復をすると、その病気に対して抵抗ができて同じ病気になりにくくなりましが、一度も病気になったことがないと、抵抗ができていないので病気になりやすく重症化しやすくなります。


一度病気になって抵抗ができている人と抵抗ができていない人に普段は大きな違いはありません。



しかし、いざというとき(病原菌がやって来たとき)には大きな違いがあります。



これが “できるけど やらない”と“できない”の違いのひとつです。

 





600仏教豆知識シール052 六波羅蜜シリーズ 忍辱



仏教の大切な教えに忍辱【にんにく】があります。



苦しみを乗り越える力を養うことを「忍辱」と言います。
 この世は、四苦八苦の世界であり、その中で生活している事実を認めることが忍辱なのです。







最近、「耐えなくてもいい」、「やりたくないことはしなくてもよい」そんな考え方が良いと言われることが増えた気がします。





仏教語辞典を開くと忍辱の部分に


・耐え忍ぶこと。
・あらゆる侮辱や迫害に耐え忍んで怒りの心をおこさないこと。これを実践することによって、すべての外からの障害から身を保護することができるので、忍辱の衣や忍辱の鎧(よろい)といわれる。





と書いてあります。





普段から、耐え忍んで怒りの心をおこさない修行をすることで、外からの障害から身を守れるようになるのです。



「耐えなくてもいい」ではなく、「耐えることはできるけど、耐えなくて良いときは耐えなくて良い」



という選択肢を持つことも大切なのではないでしょうか。

六波羅蜜【ろくはらみつ】シリーズ その2:持戒

誰に言われたか記憶がありませんが・・・


時間と約束は守るためにある。そして、時間と約束を守る人は幸せになる


という言葉が忘れられません




600仏教豆知識シール052 六波羅蜜シリーズ 持戒




仏教の大切な教えに持戒【じかい】があります。



持戒とは「人として生きていくうえで守らなければならない約束(戒)」を守ることです。





友達との約束を守る。

取引先に締め切り時間までに書類を提出する。

などなど・・・



普段、私達は時間や約束を守るとき相手がいます。






では、持戒は誰と誰がした約束なのでしょうか。

仏教と進行する一般の方と僧侶との間にする約束でしょうか。

・・・ちょっと違います。



仏様と約束をするのです。

ですから、絵にしようとすると仏様と指切りをする絵になりました。




600【六波羅蜜】持戒




しかし、問題はこの仏様が誰なのかです!


仏様はどこにいるのでしょうか?


遠い世界にいるわけではありません。


仏教は 「自分自身が仏だと 気がつきなさい」 と説いています。


つまり、自分が仏なのですから、 人として生きていくうえで守らなければならない約束も自分とするのです。






殺しません  盗みません  裏切りません   嘘を言いません   酒に呑まれません



などなど多くの約束がありますが、最終的には自分で守っていくことを、自分と約束するのです。



これは、とっても大変です。



友達との約束なら、友達が見ていないところで 約束を破ってもばれないかもしれません。



しかし、自分との約束では 自分が約束を破ってしまったら すぐにばれてしまいます。




時間と約束は守るためにある。そして、時間と約束を守る人は幸せになる




持戒は難しいと感じるかもしれません。だからこそ、「時間と約束を守る人は幸せになる」という言葉も残っているのかもしれません・・・

六波羅蜜【ろくはらみつ】シリーズ その1:布施


最近聞いた言葉の中で

どこか遠くにパワースポットがあるんじゃない!
一番のパワースポットは御先祖様のお墓ですよ。



という言葉が印象に残っています。





600仏教豆知識シール052 六波羅蜜シリーズ 布施




仏教の大切な教えに布施【ふせ】があります。



布施とは自分の持っているモノなどを、見返りを求めずに深い愛情を持って施しをさせていただく事。 お互いが、できることを精一杯しながら助け合うことを言います。




「見返りを求めず、深い愛情を持って施しをする」



簡単なことではありません。





先日、網代笠【あじろがさ】について記事を書きました。
※記事(なぜ晴れた日に傘が必要なのか!?)はこちらをご覧ください。




その中で、


網代笠をかぶり托鉢【たくはつ:僧侶が器を持って町や村を歩き、食を乞うこと】をすることで、一般の人は僧侶の顔が見えず、僧侶も食事を分けてくれる方の顔が見えないため「あの人は良い この人は嫌!」という選り好みをする気持ちを起こさなくて済むのです。


と紹介をさせていただきました。




托鉢も布施のひとつです。


好きな人に「何かをすること」は難しくありません。

しかし、許せない人や大嫌いな人のために「何かすること」は難しいことです。






やりやすいランキング(もちろんそんなものはありませんが・・・)にしてみれば


1位:好きな人にプレゼントする

2位:知らない人にプレゼントする

3位:大嫌いな人にプレゼントをする



となります。





布施は「見返りを求めない」ことが大切です。それと同時に「選り好み」をしないことも目指します。


ですから、許せない人や大嫌いな人のためにも「何かすること」を目指すのです。


托鉢のときにかぶる網代笠は さきほどのランキング2位の「知らない人にプレゼントをする」の練習でもあり、2位が自然とできるようになることが3位の「大嫌いな人にプレゼントをする」への大きな一歩になってくるのです。





同じように、お花やお菓子そして真心をお供えする御先祖様へのお墓参りも普段の生活で自然と誰かのために何かをする大きな第1歩になってくるのではないでしょうか。自分自身が大きく飛躍できる場所だからこそ、「1番のパワースポットは御先祖様のお墓です。」という言葉が出てきたのではないでしょうか。

写経会のときに どんな話しをしているの? その64

500写経会 絵葉書 その64






子供達とタケノコを掘りに行ったときのことです。



私は山に入って周囲を見渡し、タケノコを探します。



少し離れた場所にタケノコを見つけても、もっと近くにないかと探します。



そして、近くにタケノコが生えているのを見つけると、すこし誇らしげな気持ちになって見つけたタケノコを掘ります。






しかし、子供達は違います。



タケノコを見つけると一生懸命掘り始めます。



遠くにタケノコを見つけると、一直線に走って行って掘り始めます。



距離など関係ないのです。



ただ一生懸命なのです。



近くの方から掘った方が効率的だとか、歩く距離が短い方が体力を温存できるとか考えません。



わき目をふらず一生懸命掘るのです。







一期一会【いちごいちえ】という言葉があります。



今、この時の出会いは再び回って来ない。一生涯、ただ一度限りの出会いであるゆえ、一回一回の出会いを大切に命がけで臨まなければならない。





という意味です。



短くすると


今 できることを精一杯!



となります。






私のように効率や体力温存などの作戦を考えるのではなく、ただタケノコに対して一生懸命に取り組む子供の姿こそ「一期一会」の姿だと感じたのです。




ですから、タケノコを掘る子供の写真に「一期一会」そして、「今 できることを精一杯」という言葉を重ねました。


仏教豆知識シール 【白隠禅師 坐禅和讃 その3】

東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では毎回参加者に手作りの「仏教豆知識シール」を配布しています。今年の夏は坐禅会の際に必ずお唱えする「白隠禅師坐禅和讃」というお経をシールにして紹介しました。



全部をまとめて1つの記事で紹介すると長くなりすぎますので3回に分けて紹介させていただきます。(この記事は【その3】です)

※【その1】はこちらをご覧ください。

※【その2】はこちらをご覧ください。


500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン17



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン18



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン19



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン20



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン21



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン22



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン23



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン24



500仏教豆知識シール109-133 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン25







いわんや自ら廻向して

直に自性を証すれば

自性即ち無性にて

已に戯論を離れたり

因果一如の門ひらけ

無二無三の道直し

無相の相を相として

往くも帰るも余所ならず

無念の念を念として

謡うも舞うも法の声

三昧無礙の空ひろく

四智円明の月さえん

この時何をか求むべき

寂滅現前するゆえに

当処即ち蓮華国

この身即ち仏なり










ましてや、自分から修行【回向:えこう】をし、
"回向:功徳を積んだとき、その功徳を自分一人のもにせず、本尊様や御先祖様、世間の多くの人々に差し向けること。"

本来の自分を感じとることができれば、生死や男女などの区別なく、すでに愛着や煩悩から離れているのです

原因と結果は切り離すことのできないように、私達と仏様も切り離すことはできません

ただ1つの真実の道をまっすぐに歩みましょう

世界が姿形などにとらわれない自由自在な世界だという真実に気が付けば、どこにいても「そこ」が心安らぐ我が家となります

こだわりのない、ほどけた心で過ごすことができれば、歌ったり踊ったりすることを含めて全ての行動が仏法を表します

心を落ちつけることで、何もさえぎるものがない大空のように、心は自由で広いことに気が付きます

悟りという清らかな月が輝いています

このような時に、何か他に求めるものがあるのでしょうか

様々な欲望が消え、心が静まり、究極のやすらぎを得られた今

「ここ」こそが極楽であり、

「この身」こそ仏様なのです


人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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