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お布施にポイントはつきません


お布施(善行)には功徳もポイントもありません。

善行は自動的に必ず誰かのもとに届きます






500布施にポイントはつきません




現在、電子マネーが当たり前のように使われています。



「神社やお寺でもお賽銭を電子マネーで行えるようなった」



といったニュースを目にすることもあります。







「お賽銭やお布施は現金でなくてはいけない」などということはもちろんありません。


布施とは 自分の持っている物を分けたり、できることを 人の為、誰かのためにすることを意味しています。


ですから布施はお金である必要もありません。


※「布施」の中には自分の財産を施す 「財施【ざいせ】」 という行為もあります。






最近では電子マネーとポイントカードが一体になっているものありますので、“お賽銭やお布施にポイントがつく“なんて考える人が出てくるかもしれません。





500布施にポイントはつきません

その名もずばり「TERA POINT(寺ポイント)カード」
※もちろん 想像の世界です。




しかし、残念ながらこんなポイントカードは存在しません。今後もできないと思います。








禅の逸話の中にこのようなお話があります。


達磨大師と梁の武帝の問答(梁の武帝:中国の皇帝。非常に仏教に理解があった方。)


達磨大師がインドからやって来られたときのことです。


凄く立派な和尚さんがインドからやってきたことを聞いた梁の武帝は達磨大師をお招きして、質問するのです。


「私は、皇帝の位にいます。私は皇帝になってから、たくさんの人を助けた。寺も建てたし、写経もしました。仏像まで作りました。私にどんな功徳があるでしょうか?」


と尋ねました。これに対して、達磨大師は


「無功徳。」


と答えたのです。



功徳が無い、功徳なんてありゃしないよって、お答えになりました。



すると、梁の武帝は、「え、なんで無功徳なんですか」と、たずねました。すると達磨大師は、



「功徳を期待して、善根【ぜんこん:善い行い】をすることは本当の善根ではない。」



と話されたのです。見返りを求めた時点で善根は善根で無くなってしまうのです。







現在、買い物などをしてポイントを貯めると、貯まったポイントによって私達は様々な恩恵をうけることができます。自分が支払った金額に応じたポイントが自分に還ってくることを期待します。



普段の生活では問題は何もありません。



しかし、「無功徳:功徳を期待してはいけない」という教えを説くお寺では自分への利益を優先するポイントを付けることができないのです・・・





「TERA POINT(寺ポイント)カード」実物にお目にかかることはないでしょう・・・

コツはコツコツ


剪定した木の枝を畑に積んで放置していました・・・



積んでおけば地面に光が届かないから、雑草は生えてこない!と、淡い期待を持っていました。



世の中はそんなに甘くありません。




500コツはコツコツ1



放置をしていたので、しっかりと雑草が生えてきました。枝と草が複雑に絡み合い、掃除がしにくい状況になってしまいました。





ここを掃除する方法は・・・




枝の上に出ている草を刈り、枝を捨て、さらに草を刈る。




これしかありません。




魔法のように剪定した枝や草がなくなることはありません。




コツはコツコツ




これしかありません。






放置せずに毎日に少しずつ掃除をしていれば、苦労は少なかったかもしれません。



500コツはコツコツ2





汗だくと筋肉痛になりながら放置した過去の自分を叱りながら作業し、になりましたが何とか処理することができました。






仏教では煩悩を雑草に例えます。


煩悩を取り除くことは大変に難しいことです。


魔法のように 全ての煩悩を消し去ることもできません。


草を刈るように、コツコツと心を調える実践(坐禅・読経・写経など)をしていくしかありません。





どんなときでも、



コツはコツコツ



これしかありません。



500コツはコツコツ3

栗きんとんに教えてもらったこと

500栗きんとん1810


私は栗きんとんが好きです。



先日、岐阜県の中津川を訪ねた際に複数のお店の栗きんとんがセットになったお土産を買うことができたときは本当にうれしかったです。



自宅に戻り、さっそく食べ比べてみると確かに店ごとに違いがありました。



何が違うのかと原材料名を見て驚きました。どこのお店も材料名は「栗、砂糖」又は「栗、砂糖、トレハロース」のどちらかだけなのです。




材料に違いはほとんどありません。

材料に違いはないのに、店ごとに違いがある。

店ごとに違いはあるが、各お店で懸命に作られた栗きんとんは全て美味しい。







このことを知ることができたとき なんだかうれしい気持ちになりました。





私達人間も体を構成する素材に違いはありません。

育った環境によって違いが現れます。

人によって違いはあるが、懸命に生きている人は全て美しい。







私達は誰しも生まれたときから尊い心をいただいていると仏教では説いています。




この心を懸命に活かしきろうとしたとき、全ての人が輝きます。




材料に違いがないのに お店によって味が異なる栗きんとんに大切なことを教えてもらった気がします。

便利が当たり前になると感謝を忘れる

500掃除機で畳の清掃活動


本堂の畳を掃除するときに掃除機を使います。



「え、お寺ならホウキじゃないの?」



と思うかもしれませんね。



本来は ホウキ→雑巾なのはわかっているのですが・・・



私は掃除機を使います。







最近は充電式の掃除機を使っています。



以前はコードのついた掃除機を主に使っていましたが、そのときは電源からの距離なども気にしていました。



そう考えると、充電式は便利です。



電源を意識せずにどこでも自由に使え、それなりの吸引力もある。



ありがたいことです。






しかし、先日誰かが掃除機を使って充電をせずに放置していることがありました。



私が使おうと思って電源を入れると・・・



「ふおーん・・・」



いつもなら



「ぶおーーーーーーーん」



と大きな音と共に掃除をしてくれるのに、この日は力がありません。



「これだから充電式は困るんだよ!」



と怒りがこみ上げてきました・・・





そのとき、




便利が当たり前になると感謝を忘れる。






という言葉を思い出しました。




ホウキが掃除機になって便利になった。



さらに掃除機がコード式から充電式になってさらに便利になりました。



以前は便利になったことに喜びを感じていたはずです。




それなのに 「これだから充電式は困るんだよ!」と感じたとの私は 便利が当たり前になっていたのです。



充電式が当たり前。


充電されていて当たり前。




「ありがたい」という気持ちが「当たり前」になっていたため、「当たり前」ができていないことに腹をたててしまったのです。感謝を忘れていたのです。



便利が当たり前になると感謝を忘れる。



情けない自分の姿を的確に表した言葉です。そんな弱い私に 臨済宗妙心寺派の生活信条



生かされている自分を感謝し 報恩の行を積みましょう



という教えが心に突き刺さります。

隠れているつもりでも 隠れていない・・・

640隠れることはできない


かくれんぼをしている小学校2年生の女の子。



本人は真剣に隠れているつもりです・・・



でも、あっさりと見つかります。



「なんで 見つかっちゃうの??」



2つ上のお姉ちゃんに聞いても、笑って教えてもらえません。






私はいろいろと隠し事をしようとすることがあります。



シルエットを丸出しにしながら 隠れている女の子の姿を見て、



「隠し事はできない」と考えた方がよさそうだと改めて実感しました。





悪い心を完璧に隠すなら 悪い心を取り除くしかない 隠すことはできない





そんな言葉を思い出します。




隠そうとするのではなく、隠し事をしなくても堂々と生きていけるように努力をしていこうと思います・・・
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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