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恐怖の忘れ物 【裸で坐禅会をしてしまった日】




外出中に玄関の鍵をかけたか、ガスの元栓をしめたか不安になる人は、その動作に集中していないから不安になる!



と教えてもらったことがあります。





靴を履きながら玄関の鍵をかけたり、歯を磨きながらガスの元栓をしめると、鍵をかけ・元栓をしめたといった記憶が薄くなるためだそうです。

何か他のことを考えながら鍵をかけるなどの作業をしても同じ結果になるそうです・・・


鍵をかけた・ガスの元栓をしめたなど忘れてはいけないことを忘れないためには“指差し確認”が効果的なのだそうです。





1つ1つのことを丁寧にすることで、しっかりと記憶に定着し、記憶をなくすなどの失敗を回避することができるのです。




丁寧な作業が記憶に定着することを思い出したのは、先日私自身が大失敗をしたためです。

先日、東光寺(静岡市清水区横砂)で開催している朝の子供坐禅会が終わって着替えをする部屋に入ったところ・・・・




なんと・・・




そこにあったのは・・・




600絡子190403





絡子【らくす】!!







僧侶が着ているものの中で一番重要なものといっても過言ではない絡子がそこにあったのです。

「ただのエプロンだろ!」

と、思う人がいるかもしれません・・・


違います!!!


日本の僧侶は衣(和服)を着て、その上に袈裟【けさ】を身に着けます。

仏教が誕生した現在のインドやネパールの僧侶は1枚の布だけを身に着けています。これが袈裟です。

いつも袈裟で生活ができれば良いのですが、これは難しいのです。

そこで絡子【らくす】の出番です!




略式な袈裟が絡子なのです!



ですから、絡子はエプロンでも よだれかけでもないのです。







と、言うことは・・・


絡子をしていない → 袈裟を身に着けていない


なのです!!





インドなら、裸です!




恥ずかしい・・・






この日は、バタバタ準備をしながらあわてて着替えたため肝心なものを身に着けずに坐禅会を開催してしまったのです!!

裸で坐禅会をしていたようなものです・・・





1つ1つのことを丁寧にすることの大切さを改めて実感した出来事でした。

外見にとらわれていると感じた出来事

600クッキーの中身と外見


袋に入った頂き物のお菓子を見たとき、小学生の娘は 「あ、カプチーノクッキーだ!」と言い、私は「あ、ロイズだ!」と言いました。






同じ袋を見て私はブランド名に目がいき、娘は袋の中身を読み取りました。






ブランド名に目が言った私は、娘が「カプチーノクッキー」と言っているのを聞いて、初めて中身を見ていないことに気がつきました。






普段からブランド名や外見ばかりにとらわれて本質が見えていない自分自身を目の当たりにした気がします・・・

日本を殺すのに原爆も鉄砲もいらない 輸入している食べ物を止めればいいだけだ


日本を殺すのに原爆も鉄砲もいらない

輸入している食べ物を止めればいいだけだ







町内の男性の一言が忘れられません。


男性は生まれも育ちの地元の農家さんです。






確かに、私達が食べている物の多くは外国産です。

ある日の食事を注意深く観察してみると、和風の食事に見えても、よく見ると外国産の物が意外と多くあることに気がつきました。
これでお、外国産の物が無くなったら・・・






東光寺(静岡市清水区横砂)は臨済宗妙心寺派のお寺です。本山が示した今年のテーマは




おかげさまの心 たよらないのが仏さま 無依道人






です。






600P5155806.jpg





「たよらないのが仏さま」との言葉に違和感を感じる方もいるかもしれません。


仏さまを頼ってはいけないのか?


仏さまは拝むことは頼ることではないのか!


そのように感じるかもしれません。






しかし、仏教では「私達は生まれたときから仏さまのような尊い心をいただいている」と説いています。つまり私達自身が仏様なのです。



だからこそ、仏さまを求めて遠くを目指したり、間違った方向へ行ってはいけないとも説かれているのです。



普段の食事も、外に外にと求めた結果 おいしくて安い食材を入れて豊かな生活を送っているように感じているかもしれません。しかし、






外国産のおいしくて安い食材ばかりを購入する

地元の農家は収入が減り食べていけなくなる

農家をやめて別の仕事に就く

農地は荒れて作物が育ちにくくなる

輸入している食べ物を止められる

農地が荒れているので食べ物が手に入らない・・・

国が弱くなる・・・





外に求め過ぎた結果、国全体が弱くなってしまっています。


このことを農家のおじさんは





日本を殺すのに原爆も鉄砲もいらない

輸入している食べ物を止めればいいだけだ







と表現したのです。この言葉は「私達自身がしっかりと地元のものを大切にしなくてはいけない!」と教えてくださっています。




「たよらないのが仏さま」も、私達が自分自身の中にある仏さまを大切にしなくていけない!」と説いている言葉だと私は感じています。



素直な心から出る感動の声に 大切なことを教えてもらいました

東光寺(静岡市清水区横砂)子供坐禅会では、参加者にお経とお茶の手伝いをしてもらっています。



600P3305091.jpg



そして、手伝ってくれた子供には特別なハンコを坐禅手帳に押しています。





先日まではだいぶくたびれたスタンプ台を使っていました。



600ハンコとスタンプ台
くたびれたスタンプ台



しかし、あまりにも薄くなってしまったのでスタンプ台を購入しました。




600ハンコとスタンプ台2
新しく購入しましたスタンプ台




さっそく新しいスタンプ台でハンコを押したところ、子供達が大きな声で



「お~、すごいじゃん!!」




と感動の声をあげました。






600ハンコとスタンプ台3
古いスタンプ台で押したもの




600ハンコとスタンプ台4
新しいスタンプ台で押したもの






確かに、濃くなっています。


逆に言えば、よくここまで薄いスタンプ台を長く使ったものです・・・


しかし私は、濃くなったハンコを見ても感動の声を出せませんでした。


だからといって、普段から感動の声がまったくでないわけではありません。






この日、ハンコを押した子供たちが全員感動の声を素直に出す光景を見たときに、


子供と私では 脳の中で感動の声を外に出さないための壁の厚さが違うのだと感じました。






そして、感動したことを素直に声に出すことができない この壁の厚さをこそ仏教で“こだわり”と呼び「無くさなくてはいけない」と説いているように感じます。




自分の中にある壁の厚さを感じ、この壁を薄くしていこうと誓った出来事でした・・・・

人間って何だろう!?

600生活信条





「人間と動物の違いは、宗教心があるかないかの違いだ」



と言っている人がいました。



「なるほど!」 と思ったのですが、「宗教心とは何だろう!?」 とも感じました。






調べてみると


宗教心とは神や仏などを認め、その畏敬から生じる敬虔(けいけん)な気持ち。


と書いてありました。






でも、気持ちって実際に見ることができません。



具体的に「神や仏などを認め、その畏敬から生じる敬虔(けいけん)な気持ち」を表すものはなんだろうと考えながら過ごしていると、ある言葉にぶつかりました。







臨済宗妙心寺派の教えである生活信条に



一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう

人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう

生かされている自分を感謝し 報恩の行を積みましょう






と、あります。





静かに坐ることで心を調えることで自分自身の中にある敬虔な気持ちを感じることができます。


自分のことも、他人のことも大切にすると言うことは、自分の中や他人の中にある仏(仏の心)を認めることです。


もちろん、多くのことに感謝し恩返し(報恩)をしようとすることこそ、「神や仏などを認め、その畏敬から生じる敬虔(けいけん)な気持ち」の表れです。







「人間と動物の違いは、宗教心があるかないかの違いだ」


という言葉も納得できますが、私は「人間と動物の違いは何ですか?」と聞かれたら




「心を静かに、みんなのことを大切にして、ありがとうという気持ちを持って恩返しをすることができるのが人間です」




と答えると同時に「私は人間です」と言えるように生活をしていきたいと思います。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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