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タケノコを発見する力と成長の壁

東光寺(静岡市清水区横砂)の墓地がある観音山は春になるとタケノコが顔を出します。



例年ですと、もう少し遅い時期に掘り始めるのですが今年は少し早め(それでも一般的な堀一よりも遅い・・・)にタケノコを探しに行ってきました。



私も一緒に行った娘もしばらくはタケノコを見つけることができませんでした。


何度も同じ道を行ったり来たりして探すのですがタケノコは見当たりません


「まだ出ていないのか・・・」


とあきらめかけていたときに娘が


「あった!!」と叫びます。






600タケノコを探せ02

娘が指さすところを見ても私には分かりません・・・




葉っぱをどけると





600タケノコを探せ03

本当だ!! タケノコが頭を出しています。掘ってみれば






600タケノコを探せ04

おいしそうなタケノコです。





600タケノコを探せ01


毎年のことですが不思議なことに、1回見つけると、さっきまで「無い」と思っていた道からも次々に見つかるのです。
この道(幅1m 長さ10mの範囲)からこの日だけで7本ほど収穫できました。






最終的には、掘る体力がなくなってくる頃には、目が慣れて見つけたくなくても見つけられるようになってしまいます。



何も無いと思っていた道なのに、1度タケノコを発見するとたくさんのタケノコがあることに気が付ける。


スポーツにも同じことがあります。

基礎練習を繰り返していくことで、それまで失敗することが多かった技がある日突然できるようになって失敗することが無くなることと同じだと感じます。


自転車も同じです。

乗れるようになるまでには時間がかかるが、乗れるようになれば失敗することも転ぶこともなくなり、年を重ねて体力が落ちてもずっと乗り続けることができる。




このことは、何かひとつの関門を突破すると、今まで「何も無い」と思っていた場所に「様々なものがある」ことに気がつくことができる仏道修行に通じる部分だと思います。




苦労してもすぐに結果が出ないとあきらめてしまいがちですが、


「苦しいときにこそ頑張り続けることで見える世界がある」


ということが確かにある、とタケノコを掘りながら感じた出来事でした。

どこにあっても美しい


600椿の花と地面1


花が咲いています。







600椿の花と地面

そして、まっとうした命がここにも咲いていました。






咲いた花はやがて枯れていきます。


しかし、枯れて地面に落ちても精一杯に命をまっとうした姿がとても美しいと感じました。

【2枚のマスクとオウムと雨】

600空模様と心模様こまめ 文字なし



私は右側にかたよることも左側にかたよることもせず、中道を歩みたいと考えています。


2枚のマスクを全世帯に配布するという話が出てから、とてつもない罵詈雑言が飛び交っているように感じます。


「え、2枚!? 今6人で生活しているんですけど・・・・」


私もそう考えました。そして、この6人の力関係を考えるとマスクは自分の所にマスクは来ないことも理解しました・・・




そんなとき、1匹のオウムの話しを思い出しました。その話とは




たくさんの動物達と森の中で暮らしていた1匹のオウムの話しです。

ある日、彼らが暮らす森で火災が発生しました。

火は風にあおられて大火となり、動物達は逃げ場を失って鳴き叫びます。

オウムは長い間住居を与えてくれた森のために、そしてたくさんの動物たちを助けるために、近くの池に入っては翼を水に浸し、空にかけのぼっては数滴の水を燃えさかる火の上にそそぎ続けました。

少し安全な場所に避難した動物達の中には

「そんなこと無駄だよ!」「役に立たないよ!」「俺らならもっと水を汲めるぞ、どうせ消えないからやらないけど」

などとヤジを飛ばすものもいました。

しかし、オウムは飛び続けたのです。

するとオウムの想いが通じたのか、やがて雨が降り出し森の火災は消し止められたのです。





という話しです。




このような話しをすると


「なんだ、ファンタジーか。くっだらねぇ~」


という人もいます。


この話しが仏教の教えを伝える大昔から伝わっている仏教説話だと知ると


「はい、はい、損得を考えないのがすごいって話でしょ!!」


と敵意をむき出しにする人もいます・・・





しかし、この話しを“雲核”という言葉とともに見ていくと あながち「ファンタジーや夢物語」と言えないのかもしれません。




少しだけ理科の話しです。

雨が降るのは雲があるからです。

その雲は水蒸気からできています。

でも水蒸気だけだと雲はできづらいのです。

雲核【うんかく】という、雲の核となる小さな粒があると水蒸気が雲になりやすい!

空気中に浮かんでいる雲核のまわりに水蒸気がくっついて雲が作られるのです!!


つまり、そこに大量の水蒸気と言う雨の材料があっても雲核という“きっかけ”がなければ雨どころか雲すら作られないのです。





そう考えると、オウムのひたむきな行動によって雲核が発生し、雲ができる“きっかけ”となり、雨が降って火が消えたとも言えるので、大昔の話はファンタジーと言い切れなくなってくるのです。(かなり強引で半分ファンタジーかも・・・)





燃えている森や仲間の動物と池を見たとき、オウムは ただひたむきに水をかけ続けました。


安全な場所に避難した動物は遠くからヤジを飛ばしました。


しかし、オウムの行動は森や動物たちを救いました。




2枚のマスクが到着したのなら、私はただひたむきにそのマスクを使いたい。洗って何度も使いたい。


もちろん、何かが変わるのならば精一杯ヤジを飛ばします。


ヤジを飛ばす、マスクをする、どちらも誰かのことを想い必死に行うならば、どちらが正しいのかではなく、全てが正しいのです。5000万枚のマスクを受け取った人が何回も繰り返し使えば、これまで消費されていたマスクが消費されずに、本当に必要な人に届く可能性が少しでも上がるのではないでしょうか。


ちなみに物語でオウムは「恩を思う心と慈悲の心からしていることが、できないはずはない。わたしはどうしてもやる。次の生に及んでもやりとおす。」と語り、私利私欲を捨てた尊い姿を示してくれています。


その姿と、自分が貯めたお年玉で布製マスクを600枚以上作り寄付をした女子中学生の姿も重なります。





今できることを精一杯 自分のために 誰かのために

そう意識して日々を過ごしていきたいと思います。

ギスギスした心のまま生活をしてしまいがちですが、ちょっと一息入れて姿勢をよくして ゆっくりと深呼吸も大切です。

姿勢と呼吸を調えれば、心も自然に調ってきます。



心が調えば新しい発見があるかもしれません。





・・・あ、私にはマスクがまわってこないかも!!

宝泰寺法話会 中止のお知らせ

中止のお知らせばかりが出ている状況で恐縮ですが・・・


宝泰寺法話会 中止のお知らせ


です。



600お地蔵様の写真 サールナートホール




先日、“連続法話会の御案内 【宝泰寺 2020年度上半期】”と題して静岡駅すぐ近くの宝泰寺にあるサールナートホールで開催されている法話会を紹介させていただきました。

※記事はこちらです。



残念ながらコロナウイルス感染拡大の影響で、4月2日(木)の開催が中止になりました。

5月以降の開催も未定とサールナートホールのホームページに記載がありました。
※サールナートホールホームページ


参加等を検討されていた方に残念なお知らせをしなくていけないことが心苦しいのですが、ご理解いただけますと幸いです。

まずは自分の健康を大切にすることの大切さを実感する

新型コロナウイルスの影響が収まる気配がありません。


しかし、東光寺(静岡市清水区横砂)の子供坐禅会はできるかぎりの対策をしながら継続中です。





600春休み子供坐禅会2003244

※子供坐禅会開催を決めて経緯や内容についてはこちらをご覧ください。




子供坐禅会を開催していると、臨済宗妙心寺派の生活信条の1つである

人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう

という言葉について考えることがあります。







初めてこの言葉を知ったとき、「自分の生活も 他人の生活も・・・」という部分の順番が気になりました。


“自分”が先で、“他人”が後なのです。


この順番を見て


「なんだか“自分”を優先していて カッコ悪いなあ。理想論で言えば”自分のことよりも他人のことを考える“ほうが美しいのではないか。」


と考えてしまいました。



しかし、コロナウイルスの影響を心配しながら子供坐禅会を開催していると「自分が感染をしないこと」がいかに大切なのかを実感します。


自分が感染をすれば他人に感染させる可能性が出てきます。


では感染拡大を防止するために、今自分に何ができるのか・・・


「自分が感染しないように努力を続ける」しかないのです。


他人の生活を大切にするために、まずは自分の生活を大切にする。


自分を大切にすることが他人を大切にすることになるのです。






だからこそ、


人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう


と“自分”が先にくる、そして自分を大切にするからこそ他人を自分と同じように大切にすることができるのだと感じるようになりました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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