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新しい御縁 【写経体験と坐禅体験】


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テレビカメラと写経

  ・・・撮影されているのは写経用紙





600写経と坐禅の体験会2001251

テレビカメラと坐禅



ありがたい御縁をいただきました。



静岡を訪れた方に静岡の魅力を伝える活動をしている方から「お寺で写経や坐禅を体験できないか。」と声をかけていただきました。



そして、この活動が新しい取り組みとして注目をされているとのことでテレビの取材も同時に来られていました。




前日に自らお寺に来て写経と坐禅を体験した後、当日モニターの方を案内して東光寺まで来てくださいました。

ただ、内容をインターネットなどで調べて情報提供をするのではなく自分が実践したものを周囲に伝える姿勢に感動をいたしました。




このような取り組みをされている方がいらっしゃることを知ることができ、さらに声をかけていただいたご縁に感謝いたします。


お寺の都合などで、時間や体験方法など希望に添えなかった部分も多々あり申し訳なかったと思いますが、今後もこのようなご縁が続くことを願っています。

手作りと市販品から 分別 を考える【その2】


600ケーキ20200120


※写真はイメージです






何年も連絡を取っていなかった共に研究室で学んだ仲間から突然


「静岡に○○という食品会社があるけど知っているか?」


と連絡があったことがあります。


彼は誰もが知っている大手のお菓子メーカに勤務していました。


残念ながらその会社のことを知らなかったので彼の力にはなれませんでしたが、なぜそのようなことを聞いたか質問をすると、


「今、自分が働いている会社の製品の材料について調べているんだ。今は作っているお菓子の材料の材料を○○という会社が作っているんだ。その材料について聞きたいことがあるが連絡が取れない。どんな会社か知りたくて近所のようなのでお前に電話をした。」


と教えてくれました。


彼の話しを聞いて、安心安全のためにそこまで徹底的に調べている人がいることを初めて知りました。






仏教では、ものごとを2つに分けて考える分別を嫌います。


一般的には軽率なことを意味する“無分別”を仏教では“区別しない・こだわらない・ありのままに受け入れる”と捉えて大切にします。







この電話をもらうまで、私は理由もなく機械などを使って量産されているお菓子よりも、小さなお店で手作りされているお菓子の方が人の手が多くかけられていて価値があると思っていました。


勝手な“分別”で、大手のお菓子メーカが量産している商品を勝手に下に見ていたのです。


目に見える部分だけで判断をしていたのです。


機械が量産する映像ばかりに目がいってしまい、その奥で働く人が見えていなかったことを反省した出来事でした。

手作りと市販品から 分別 を考える 【その1】

600市販のチョコレート200120




「バレンタインのチョコレートを手作りしたい!」


という子供に


「手作りよりも、買ってきたものがいいよ! 手作りだと失敗をする可能性もあるけど、市販のチョコならおいしいよ!」


と親が答えることはそれほど珍しいことではありません。これに対して


「手作りだから良いんだよ、市販のものには心がこもっていないもんね!」


と子供が返事をすることも珍しくありません。






この親子がチョコレートを手作りしながら、材料となる市販のチョコレートをつまみ食いをしたとき、そして完成したチョコレートを食べたときに満面の笑みで「おいしい」と味わうことも珍しくありません。






無分別は一般的には軽率なことを意味しますが仏教では区別しない、こだわらないことを意味する大切な言葉です。





市販のチョコレート、材料となるチョコレート、手作りのチョコレート、無分別の心で食べれば満面の笑みで「おいしい」と食べることができます。


しかし、どれが一番おいしいかと分別しながら選ぼうとすれば、ついつい“市販のものには心がこもっていない”などと悪口が出てしまいます。




無分別の心を保ちながら 満面の笑みで「おいしい」と言える心で日々を過ごしたいと感じます・・・

大般若と脳科学


毎年1月の中頃になると、喉が枯れ気味です・・・


年が明けてから半月ほどは多くのお寺の大般若会【だいはんにゃえ】に出させていただき、全力で叫び続けているためです。





500大般若祈祷会回向




以前も紹介をさせていただきましたが、脳科学的にも“祈り”は良いものだと言われています。



「祈りは通じるのか?」


と聞かれれば多くの宗教家は「通じる」と答えます。


「祈ると本当に幸せになれるのか?」


と聞かれれば「なれます」と答えます。






これと同じ答えをだすのが脳科学者の中野信子さんです。 



中野氏は




他人の不幸を願う「後ろ向きな祈り」と 

自分だけでなく他人の幸福をも願う「前向きな祈り」





に分けて考えています。





脳の中では他人の不幸を願う「後ろ向きな祈り」をした場合、コルチゾールというストレス物質を分泌するそうです。この物質は人間の脳の中でも中心的な役割をもつ「海馬」を委縮させえてしまい、自分自身にも悪影響を及ぼすそうです。



 それに対して「前向きな祈り」をした場合はドーパミンやオキシトシンといった多幸感や快感をもたらす物質を分泌するそうです。さらにこれらの物質の中には脳を活性化したり、記憶力の高まり、さらには体の免疫力を高めたりするものもあるそうです。









私なりに意訳をすると


他人の不幸を願う後ろ向きな祈りは自分自身に過度のストレスを与え、

周囲の幸福を願う前向きな祈りは 自分自身を脳内から幸せにする。




となるのです。もちろん、良い効果を期待しながらいくら祈っても効果はありません。








 東光寺(静岡市清水区横砂) では毎年 1月7日 は 大般若 【だいはんにゃ】です。




大般若とは大般若転読祈祷会【だいはんにゃ てんどく きとうえ】の略称です。
※大般若会について詳しくはこちらをご覧ください。




 この法要は1300年以上続くもので、六百巻にもなる「大般若経」という経典を読み、その功徳によって全ての障害が取り除かれ仏道が成就することを祈る儀式です。




個別の願望を叶えるために祈るのではなく、全ての人の為に全力で祈る儀式が大般若会なのです。



つまり法要中、法要直後のお参りをしてくださっている全て皆様は脳科学的に幸福になれることが約束されているのです。





大般若会の法要は年明け頃に行うお寺も多くありますが、3月・4月・5月などにも行われています。


近くのお寺や御縁のあるお寺で「大般若」という文字を見ることがありましたら、ぜひ興味をもって調べていただき手続きすませて(お寺ごとに参加方法が異なりますので必ず確認をしてください)荘厳な雰囲気の中で行われる迫力ある法要に参加し一心にお参りをしていただければと思います。

イスか正座か 【大般若のこぼれ話】

「お寺に行くと足が痛くなるから嫌だ」



と言われていたこともあります。


今はイスを用意しているお寺も多く、東光寺(静岡市清水区横砂)もお参りに来られた方の為にイスを用意しています。




毎年1月7日に行われる大般若祈祷会【大般若】もお参りに来られる方の為にイスを並べています。
※今年の大般若の開催報告はこちらをご覧ください。
※大般若について詳しくはこちらをご覧ください。





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・・・しかし、僧侶の席はイスではありません。



座布団に正座、又は“坐を組む”といって坐禅をするときと同じように足を組んで座ります。


私にとっていつもの光景なので何も疑問に感じていませんでした。




ところが先日、大般若のお参りをしてくださった年配の一般の方から



「和尚さんたちが座布団なのに私達がイスに座っているとなんだか見下ろしているみたいで申し訳ないよ。」


と言われました。



イスと座布団に上も下もありませんので御安心くださいとはお答えしましたが、様々なことを経験し生きてこられた人生の大先輩が私のような若輩者に“申し訳ない“という謙虚な気持ちを持つ尊い姿を見せていただき、私もこのような謙虚な気持ちで年齢を重ねていきたいと感じました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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