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カレーパン は カレーとパンに分けることはできない

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“カレーパン”は“カレーパン”です。



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カレーとパンを分けることはできません。

パンだけを食べようとすれば、うまくはいかず汚してしまします



分けようとするとすればするほど、苦労をしてしまいます。








臨済宗最初の和尚様である、臨済禅師は


心が二つに分かれてはいけない。

仏の心と私などと、心が二つに分かれるから、迷いが生じるのです。

その心が一つになっていれば、それが生きた達磨であり、お釈迦様なのである。







といったことを示されています。



カレーパンは、カレーとパンが一体となった状態が一番良い。


そんなカレーパンを見ていると


仏様の心と自分の心、と区別することなく、生まれたときから頂いている尊い心と一体となって生活をすることの大切さを感じます。

同じ現象を見て何を感じるのか

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中学校の理科で「水の循環」という勉強をします。



蒸発した水は上空で雲になる。

その雲から雨が降る。

雨は川となり、海に流れ込む。

海の水が蒸発し雲になる。

その雲から雨が降る。








と、言うものです。


自分自身が中学生だった頃にも勉強し、教員をしているときにも黒板に絵を書きながら生徒に伝えようとしていました。


その当時は、深く考えず伝えていました。






先日「水流元入海」【 水 流れて もと海に入る 】」という禅語に触れたとき、ハッとしました。


中学校の「水の循環」と同じじゃないか! と感じたのです。





「水流元入海」【 水 流れて もと海に入る 】」は 

水の流れを制御することは難しいが最終的には海に流れていくことから、世の中は多種様々だけれど、その根源はひとつであることを示す言葉です。






理科として習い、伝えていたことが禅の言葉としても使われていることに驚きました。


と、同時に同じ現象を見て心の問題としてとらえる禅の奥深さを改めて感じました。

隅にいて 隅に置けない人間になれ

“花明り(あかり)”


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一輪の花を飾るだけで、部屋が明るくなるような姿をと言うと聞いた“花明り(あかり)”ことがあります。





辞書で調べると、

桜の花が咲き、夜でもあかりをともしたように明るく見えること。

と書いてあります。







先日、日本人で初めて卓球のプロ選手となった松下浩二氏が恩師のことを回想し、



卓球のことはあまり教えてもらった記憶はありませんが、人としての生き方をおしえてくれました。

「隅にいて 隅に置けない人間になれ」と常に謙虚で努力をしろと良く言われていました。





と記されていました。





現在、日本では若い世代の活躍もあり、卓球というスポーツが盛り上がりを見せています。


この盛り上がりの礎を作ったのは紛れもなく松下氏の輝かしい実績と日本人として初めてプロ選手となり後進のために道を切り開いた経験です。


さらに現在、日本のTリーグ(日本のプロ卓球リーグ)の責任者として輝く選手の為に働き続けていらっしゃいます。


しかし、松下氏は恩師の教えを守り、決しておごることなく今でも謙虚な姿勢で努力を続けられているように感じます。






部屋に飾られた一輪の花も、満開の桜も、決して「私はきれいいだろ! さー私を見ろ!」などと傲慢な姿は見せません。謙虚になろうともしていません。ただ咲いています。




残念ながら私達人間は、花が謙虚になろうともしなくても謙虚でいて、ただ花を咲かせるような人にはすぐにはなれません。、



しかし、私は松下氏の姿や、彼の恩師の言葉から、人も常に謙虚になり、努力を続けることで、部屋を照らす一輪の花のように隅に置けない存在になることができるのだと感じています。

動きが悪い時には、小さな原因からどかしていく

小さな原因で 大きなものも動かなくなる!




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「本堂の玄関の引き戸が動かない!」


と、言われて現場に急行しました。





確かに原因が分からないのですが、扉が動きません。




なぜだろうと考えながらよく見ると・・・



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小さな、石が落ちていたのです。




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「こんな小さな石が犯人ではない!」





とは、思いながら 試しに小さな石をどかしてみたのです。





すると・・・




ドアの開閉ができるようになったのです!!




原因は小さな石でした。




小さな石ひとつで 大きな扉が動かなくなってしまった姿を見て




「大きなものが動かなくなる原因は、なにか大きな原因があるはずだ!」




という根拠のない自信を持つことの危険性と、できることからコツコツやっていくことの大切さを改めて感じました。

障子の“さん”

500障子のさん2



障子の“さん”は2つの部品が交差している部分がたくさんあります。






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この部分です!




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この部分を良く見ると、お互いの部品がそれぞれ削られています。


お互いが半分ずつ削れているからピタッとひとつになっています。






どちらかが、「俺は削られたくない! お前が削られろ!!」なんて言ったらピタッとくっつくことはできず、障子としての役割を果たせなくなります。




相手とピタッとひとつになるためには、お互いが半歩ゆずればひとつになる。






そんなことを障子の“さん”は教えてくれているように感じます。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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