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菩提樹の花が満開 【令和2年】

毎年恒例の問題です。


さて、何の花でしょうか?






800菩提樹2020062



そうです、菩提樹【ぼだいじゅ】です!



菩提樹と聞いて「お釈迦様!」


と連想できる方は、かなり仏教に詳しい方だと思います。




800菩提樹202006






お釈迦様は菩提樹の木の下で坐禅をされて、悟りを開かれたと言われています。


そのため、仏教では菩提樹を大切にしています。


そして、東光寺(静岡市清水区横砂)にも菩提樹の木があります。





東光寺の菩提樹は福岡県太宰府市にある戒壇院の菩提樹を分けていただいたものです。


戒壇院の菩提樹は、あの鑑真和上【がんじんわじょう:社会の教科書でもおなじみの、奈良時代に正式な仏教を伝えるために中国から日本にやってきた僧侶】が植えた菩提樹です。


つまり、東光寺の菩提樹も鑑真和上とゆかりのある菩提樹となります。





そんな菩提樹が、この時期になるときれいな花を咲かせます。


今年も本堂を出ると、やさしい甘い香りがする季節になりました。


そしてその匂いに呼ばれて蜂たちがやってきます。


蜂にとっても、花を咲かせる菩提樹を誰が植えたなど関係ありません。


ただ、自分のやるべきことをしているだけです。


誰が植えたとか、どこから来たかなどにこだわることなく懸命に生きる蜂の姿に毎年心を洗われます。


花が咲いている時期は長くありません。東光寺へお越しの際には足を止めて楽しんでいただければ幸いです。

トンネルの先

私たちはなぜトンネルに入るのでしょうか?

トンネルの先へと進むためかもしれません。。




しかし、トンネルの中に押し込まれたらどうするのでしょうか?

元の場所に戻ろうとするかもしれません。



自分の意思でトンネルに入ったならば、先に進むかもしれませんが、押し込まれた場合は先に進む勇気は出ないかもしれません。




今回の私たちは新型コロナウイルスによって真っ暗なトンネルに押し込まれたようなものです。


しかし、トンネルから昔の世界を見てみると感染拡大の恐れがあるため、真っ暗なトンネルを前へ前へと進んでいるのです。


そして、トンネルの出口が見えかけてきたことが緊急事態宣言解除という結果につながったように感じます。


もちろん、いまだに感染拡大に注意しなくてはいけない状態が続く手探りの状態です。





500仏教豆知識シール 坐禅和讃シリーズ こまめバージョン8



白隠禅師坐禅和讃というお経に

闇路に闇路を踏みそえて いつか生死を離るべき

とあります。

長い長い 闇を通り抜けて いつかは生死(迷い・苦しみ)から離れることが大事です

と説いています。




手探りの状態だとしても真っ暗なトンネルの中を一歩一歩進むことの大切を説いてくださっているように感じ、いまだに出口が見えない新型コロナウイルスの影響下での様々な取り組みに対して、真摯に向き合っていくことの大切さを教えていただいているように感じます。

法要は中止されているのか!?


東光寺(静岡市清水区横砂)では新型コロナウイルス感染拡大の影響で、残念ながら坐禅会や写経会を中止としています。



しかし、様々な法要を中止にしているわけではありません。



毎月23日に行われているお地蔵様のお参りも、一般の方は参加しておりませんが僧侶だけでこれまでと同様にお参りをさせていただいています。





600地蔵尊供養

※写真は4月23日です。


ですから「法要を中止」という表現には違和感を覚えます。


かといって、適切な言葉も思いつかず困っています・・・

ひねくれた考え方 なんで六地蔵様はここにいるの?


私は昔から物事を変な見方をする性格のようです。


多くの人が感動する映画も冷めて見ていて、つまらない批評をしたりしていたと思います。


中でも、仏教の話や宗教に関する話などは「ツッコミところが満載過ぎて聞く気にもならない」と思っていました。


そんな人間が今では僧侶になっているのですから、世の中何があるか分からないものです・・・・




600六地蔵

東光寺(静岡市清水区横砂)の山門を入っていただくと左手に六地蔵様をお祀りしています。




六地蔵様はなぜ「六」なのでしょうか?


それは、仏教の六道【ろくどう】という考え方に関係があります。





六道とは


地獄
 苦しみの世界です。

餓鬼【がき】
あれも欲しい これも欲しいと 欲張り続ける世界

畜生【ちくしょう】
苦しみが多くて、楽しみがほとんどない。みんなが自分勝手に生きている世界

修羅【しゅら】
いつもケンカをしたり戦争をしている世界

人間界
いろんな悩みをかかえて生きている世界

天界【てんかい】
楽しそうな世界だけど、いつこの楽しい世界から追い出されるかビクビクして過ごす世界






を言います。仏教では 「いのちあるものはこれらの6つの世界を生まれ変わり死に変わる」と言われており、「どの世界でもお地蔵様がいてくださり、みんなを救ってくださっている」と説いているのです。




この話しを聞いたとき・・・


「では、なぜお地蔵様はここにいるのだろうか? 地獄で救ってくれると言うのならば、地獄にいなければならないのではないか!!?」


と思いました。しかし、白隠禅師坐禅和讃というお経の中の一文に





六趣輪廻の因縁は【ろくしゅ りんねの いんねんは】

己が愚痴の闇路なり【おのれが ぐちの やみじなり】





とあります。現代的な言葉にすると




いつまでも迷いの世界から抜け出すことができないのは、

自分の境遇を くよくよと 嘆くからです




このように訳すことができます。



つまり、迷いの世界から抜け出すことができないのは、迷いの世界を自分が作り出しているからなのです。



そして、自分の中にこそ地獄があり餓鬼があり修羅があるのです。


そう考えたときお地蔵様が地獄ではなく餓鬼でもなく修羅でもなく、

今 ここ 私達の目の前にあると言ことは、

私達がいる場所こそが地獄であることを示しているのです。

しかし同時に、そこで心から手を合わせてお参りすることができたなら、今いる場所こそが極楽浄土となることも示してくれているように感じます。

心のサングラスを外しましょう

600サングラス


夕方に西に向かって車を運転していると、とてもまぶしく感じることがあります。

そんな時にはサングラスが活躍をします。

目に飛び込んでくる正面からの光が減って非常に楽になります。

しかし、やがて夕日は沈んでいきます。

夕日が沈めば辺りは暗くなります。

そのことに気がつかないでサングラスをかけ続けると、周囲が真っ暗になったように感じます。




もちろんサングラスを外せば問題はなくなります。




同様に私たちは普段から心にサングラスをかけてしまっているのではないでしょうか・・・・


かけたことを忘れ、そのまま生活をしていると大切なものを見失ってしまうかもしれません。


サングラスのようなフィルターを通してものを見ていると、正しくものが見えないときが出てきてしまいます。


だからと言ってサングラスが不要かと言えば、もちろん違います。


大切なことは、自分がサングラスを使っていることを覚えていること、そしてたまにはサングラスを外すこと。



いつでも自由に心のサングラスをかけたり外したりすることができれば、正しくものを見ることができ、大切なものを見失わずに済むはずです。



心のサングラスを外すための方法は様々ですが、その方法のひとつに



1日1度は静かに坐って、身体と呼吸と心を調えましょう



という言葉があると私は思っています。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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