静岡市静岡仏教会青年部が行う辻説法で話をさせていただきました。


5001辻説法170426


大変に有難い御縁をいただき、静岡市静岡仏教会青年部主催する辻説法で話をさせていただきました。




 毎月1回開催されている「辻説法」の案内をみると今月がなんと第460回と記載されており、歴史をヒシヒシと感じました。





 東光寺(静岡市清水区横砂)も静岡市にあるのですが、「仏教会」という組織では旧清水市の清水仏教会に所属するため、辻説法について詳しく知りませんでした。





しかし、このたび御縁をいただき、話をさせていただく機会に恵まれました。




依頼していただいたときにテーマなど話す内容を質問すると、なんと、




「テーマも内容も自由!」




とのことで、何を話すか悩みながら原稿を作りました。





いざ、話をする現場に立ちますと聞いてくださる方々が皆様真剣に聞いてくださり安心をしました。





未熟者の話しを辛抱強く聞いてくださった皆様に、ただただ感謝申し上げます。





そして、これまで どこで聞いても反応が薄かった





「白隠禅師【はくいんぜんじ】※という和尚様をご存知ですか?」

(※250年以上前に活躍をされた、現在の静岡県沼津市を中心に活躍をされたすごい和尚様)





という質問に多くの方が、手を挙げて知っていることを伝えてくださったときに、歴史ある辻説法に来られる皆様の勉強熱心さと、諸先輩方の布教の力を感じ、感動をしました。

あなたの前世なに。ご先祖様ですよね。

幼いころに



「前世はヨーロッパの貴族だった」



「前世は織田信長だった」




など、「前世」や「生まれ変わり」が流行した記憶があります。




幼いころの自分も




5001法話 あなたの前世なに ご先祖ですよね!1




「私は何の生まれかわりだろうか」




などと友人と一緒に考えていました。




5001法話 あなたの前世なに ご先祖ですよね!3

サルかな?




5001法話 あなたの前世なに ご先祖ですよね!2

人間かな??




5001法話 あなたの前世なに ご先祖ですよね!4


ヘビかな???




想像するだけで楽しかったように記憶しています。




しかし、自分が何の「生まれかわり」かなど覚えているはずがありません。




調べても分かりません・・・




説くことができない難しい問題だと感じていました。




しかし、先日聞くことができた ある和尚様の言葉にハッとしました。





「あなたの前世なに? ご先祖様ですよね!」





私にとって、これまでに出てきた あらゆる「前世」に関する話の中で、一番分かりやすい答えだと思いました。





今、命がある



様々な道を通ったかもしれないが、この命の源は ご先祖様からいただいたものに他なりません。





遠くを見るのではなく、すぐ近くにある大切なものを見出す一言のように感じます。

タケノコが採れます!!

いろいろあって遅くなりましたが、東光寺(静岡市清水区横砂)の観音山へ行ってきました。





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タケノコが出ています・・・





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小さい物も・・・





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大きい物も様々です。





これらが全て立派な大人の「竹」に成長していたかと思うと怖くなります。





毎年恒例の呼びかけですが、竹林の整備の為にタケノコを採るというボランティアがあります!





タケノコを採りたい方、いつでも大歓迎です!!!





ケガ等は一切責任を持ちませんが、どんどん取っていってください!





タケノコのうちはかわいいのですが、竹が増えすぎると整備が大変なので、タケノコのうちに収穫できると大変ありがいのです。




もちろん、採れたタケノコはお持ち帰りいただき、味わっていただければ幸いです。

鴨川の土手を先輩の和尚様と自転車で走りながら感じたこと

10年前の春。



妻と新婚旅行で京都を訪れ、自転車で鴨川の土手を走りました。



楽しい思い出です。



10年の私は僧侶ではなく、いわゆる「公務員」でした。



僧侶になりたいとも感じていませんでしたし、なるとも思っていませんでした。



それが・・・・



10年後の春のある日、鴨川の土手を先輩の和尚様と自転車で走りました。





500鴨川サイクリング170419




10年前の私に、




「10年後のあなたはお坊さんになって、妻とではなくほとんど初対面の和尚さんとここを走っているよ」




と教えたら




「え~、絶対いや!!」





と拒絶するでしょう・・・





しかし、今の私は、10年後の今回のサイクリングは大変ありがたいものだと感じます。




人生とは本当に不思議なものです。





幸福は

与えられるものでなくして

見出すものである






という言葉もありますし、白隠禅師坐禅和讃というお経の中には





無相の相を相として

往くも帰るも余所ならず



とあります。


【姿形などにとらわれない自由自在な世界だという真実に気が付けば】

【どこにいても「そこ」が心安らぐ我が家となります】




自分の心の大きな変化を感じる、お坊さん2人のママチャリサイクリングという不思議な体験でした。

生まれたばかりのお釈迦様が雨が降ったときに傘をささなかったのはなぜか。

甘露の雨は誰の所に降るのか




500甘露の雨



長女の小学校の入学式、天気は雨でした。



なかなかの土砂降りでした。



次女の小学校の入学式、天気は雨でした。



これまた、土砂降り・・・




「あ、雨か。運が悪いな」




つい、つぶやいてしまいました・・・・





自分の都合だけで判断し「運が悪い」と感じてしまいました。





 仏教(禅)の言葉に 無分別【むふんべつ】 という言葉があります。





 どちらかが良くてどちらかが悪いといった分析的に物事を把握しようせず、ありのままの姿を受け入れる





ことを意味しています。




「雨」を 良い雨 か 悪い雨 と区別してはならないのです。





それでもついつい、「やっぱり雨が降ったらめんどくさい!」と私は考えてしまいます・・・・





しかし、お釈迦様の誕生を祝う「花まつり」で誕生仏に甘茶をかけているときに感じたことがあります。





お釈迦様が誕生したことを祝い天から甘露の雨が降ったと言われています。



500こまめ 誕生仏 カラー



甘露とは仏教では 苦悩を癒し、長生きができると言われる大変ありがたいものと考えられています。




ですから、今でも花まつりでは「甘茶」をそそぐ習慣があります。




思考回路が変わっている私は




「なんで、お釈迦様の誕生の際に降った雨が甘露だと気が付いたのだろうか」




と疑問に感じました。雨が降った時に、いちいち味見をする人はあまりいないはず・・・



お釈迦様は味見をしたのか??




くだらなにことを考えながらも私なりの結論が出ました。






お釈迦様が誕生したということは、赤ちゃん誕生とは意味合いが違うと私は考えています。




お釈迦様誕生は、仏教の誕生を意味しているとも言われます。



と、するならば無分別【むふんべつ】、ありのままの姿を受け入れる心も誕生したのでしょう。




お釈迦様が分別の心で、雨を「めんどくせなぁ」とか、「晴れの方がよかったなぁ」とグチグチ言いながら傘をさしていたら、甘露の雨だと気が付かず、ただの雨として傘にさえぎられて、お釈迦様には届かなかったかもしれません。




すると、苦悩を癒すことも、長生きもできない・・・




ありのままに受け入れる心があったからこそ、分別という名前の傘をささずに雨を受け入れたのでしょう。




だからこそ、その雨が甘露の雨だと気が付き、甘露の雨を体で受け止めることができたのではないでしょうか。




そして、甘露の雨をいただいたからこそ、仏教が2500年という大変な長生きをすることができていると感じます。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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