至道無難、唯嫌揀択【しいどうぶなん ゆいけんけんじゃく】

500ブログ 至道無難唯嫌揀択1

困っている人がいるとします。





何とか助けたいと考えても、自分には何もできないと感じると





500ブログ 至道無難唯嫌揀択2

・・・・ついつい困っている人の依頼を断ってしまうこともあるかと思います。








500ブログ 至道無難唯嫌揀択3

「両手で持てる器に大きなものを入れて来い」





と言われると、あれやこれやと悩んでしまいがちです。




器の大きさに合わせて何かを入れるのか!?





器の上に何か大きなものを乗せるのか!?





500ブログ 至道無難唯嫌揀択4



しかし、考え方を少し変化させると


器に水を入れれば・・・


月でも太陽でも入れることができます。







禅の言葉に




至道無難、唯嫌揀択 【しいどうぶなん ゆいけんけんじゃく】





という





「究極の道(悟り)は難しいことではない、ただ選り好みすることを嫌う」ことを意味する言葉があります。





あれや これや と悩む必要などないのです。





ただ迷うことなく、今、自分にできることを精一杯することが大切なのだと教えてくれているように感じます。





困っている人がいたら、まずは手を差し出す





そんな行動が自然にできるようになりたいと常々感じています・・・

賓主互換【ひんじゅごかん】

500賓主互換160331

子供が坐禅会に参加すると、こんなことになります・・・・



子供が 「叩きたい!!」 と言う。



私は 「しょがない、叩かせてやるか・・・」 と背中を出す。



子供が叩く・・・



案外、痛い・・・・・





叩かれながら 賓主互換【ひんじゅごかん】 という禅の言葉を思い出しました。




ある時は師匠と弟子と言う立場になり、またある時は弟子と師匠と言う立場になる。 お互いが自由自在に入れ替わること。




という意味があります。






心が調えば、心が自由に動き出す、心が自由に動き出せば、お互いが自由自在に入れ替わることができます。







自由に立場が入れ替わるためには、自分だけでなく相手のことを認めて尊重することが大切です。







自由自在に立場を入れ替えることができていない未熟者の私は、「叩いて頂く」ではなく、「叩かせてやるか」などと考えてしまいます・・・・




まだまだ修行が足りないことに気が付き反省しています・・・・・

青空と氷

「夏と冬はどちらが好きか?」と聞かれると、私は「夏です」と答えます・・・・






好き嫌いはダメだと子供には言っておきながら、「夏が好き」と答えてしまいます・・・・







実は私、冬が苦手なのです・・・・






思い通りに自分の体を動かすことが難しくなる寒い季節が苦手なのです・・・・・





500心外無法160123002


ある朝、「寒い、寒い」とぼやきながら外に出ると静岡では珍しいくらい厚い氷がはっていました。





氷を見て 「は~、やっぱり寒い・・・」 と愚痴をこぼしながら、室内に戻ってホッカイロでも貼ろうと考え振り返ると




500心外無法160123


そこには、雲一つない青空が広がっていて驚きました。 寒いはずなのに 青空を見て 「お、暖かい」 と感じてしまいました。






 仏教(禅)の言葉に





 心外無法 【しんげむほう】






 という言葉があります。 





 全ての存在は心のはたらきによって現れる。 つまり心を離れて存在するものは何もない。






 という意味です。





 未熟な私の心は 冷たい氷を見て落ち込み、透き通った青空を見て晴れやかになります。





 グラグラと揺れる私の心は まだまだ未熟なのです。






 未熟な私に必要なものは、体に貼るホッカイロよりも、常に動じることなく暖かな気持ちでいられる「心」なのだと青空に教えられた気がします。

お任せの心は 仏様の心

 私は30歳になるまで 代参【だいさん】 という言葉を知りませんでした。





 500代参1512162






代参 とは 本人の代わりに神社・仏閣へ参詣する ことを意味する言葉です。







 私は1年に1回だけ、この「代参」の対応をします。







 親戚のお寺のお手伝いで代参者の方と接する機会があるのです。








 500代参151216

代参者は地域の代表として 御参りをして、「火之要慎(火の用心)」の御札を必要な枚数持ち帰ります。




 地区の大きさなどによって様々ですが、10数件分~100件分以上などお持ちになります。





 代参者は御札を地域に持ち帰ると、各家々に届けたり、その地域での火祭りで配ったりするそうです。






 ほとんどの地域で「代参者」は当番制をとっており、





 「10年ぶりに来たよ~」





 などと久しぶりに御参りに来たことを懐かしむ方は少なくありません。









禅の言葉(禅語)に




 安心立命【あんじんりつみょう】 という言葉があります。




 心を安らかにして(仏様に)身をまかせることを意味します。







 「代参」という制度は まさに 安心立命【あんじんりつみょう】 の世界だと感じます。







 地元で待つ人が当番としてお参りに行った人に 「 全てを任せる 」 ことができるということが尊いことだと思います。






 地元の人が「代参者」に御参りをお任せできるのは






 地元の為にみんなを代表して御参りに行ってくれる人を信じることができるためであり、






 信じきることができるのは、自分もしっかりやってきたのだから他の人もしっかり御参りするだろうという信頼があってのことだと思います。







 「任せる」 ことは 「自分を律する」 ことである






 代参は、その実践の場の1つなのだと実感しています。

池から湯気が出ている!!


 東光寺(静岡市清水区横砂)がある、静岡市は比較的温暖な気候で冬でも過ごしやすい場所です。




 静岡で育ち、県外へ進学や就職をした人達が自分の暮らす場所に雪が降っているのを見てはしゃぎ過ぎて周囲から珍しがられることはよくあります。



 私自身も神奈川県の大学へ進学し、始めて雪が降ってきたのときに興奮してコンビニまで(懐かしい品物ですが・・・)使い捨てカメラを買いに行き、友人に


 「おまえ、珍しいやつだなぁ」



 と言われたことをよく覚えています・・・・








 
 以前、旅行へ行ったときに当時6歳の娘と池の前を通りがかりました。






 500湯気の出る池

 ↑↑↑ 実際の現場 ↑↑↑





 すると、娘は





 「池から湯気が出ているね、きっとこの池は温かいんだね!」





と私に声をかけました。 しかし、私は





「ここは とっても寒いでしょ。 だから池の水とこの辺の空気の温度の違んだよ。 温度の差が大きいと湯気みたいに見えるよ。だから水が温かいわけではないよ」





と伝えてしまいました。 





娘は 「ふ~ん」 と返事をしながら 池の水を触って遊ぼうとしていました。






 娘は池の水を触ると





 「うわ~」




 と驚きの声をあげました。 そして、なんと




 「 池の水 あったかいよ~!! 」




 と言うではありませんか!! 池の水が温かいと思っていない私は、慌てて池に手を入れてみました。


 驚きました。


 熱いわけではありませんが、「水」でもありませんでした。


 ぬるいお風呂に少量の水を入れたくらいの温度はありました!!










 禅の言葉に



 とらわれのない、自由な境地を表す




 行雲流水 【 こううん りゅうすい 】





 という言葉があります。





 雲が自由に行き来をし、水が形を自由に変えながら流れている姿 が語源です。






 湯気は「温度差」によって生じる




という知識にとらわれてしまった私だけでは 目の前の池の水が温かい という事実を知ることができませんでした。






 人間が社会のなかで生きていくためには「知識」は必要です。





 しかし、その「知識」にとらわれてしまっては、大切なことを見失ってしまう・・・・





 そんなことを 暖かい池 と 幼い娘 に教えていただきました。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる