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葬儀・葬式シリーズ 【14】 お葬式の後 法事【ほうじう】 

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われて子供坐禅会で私が話した内容をまとめたものです。


葬儀・葬式シリーズ 【14】 お葬式の後 法事【ほうじ】 




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拡散された情報や写真を消すことはできません。

最近はインターネット上にアップロードされた写真や情報が消せないために様々な問題が発生しています。


ほんの軽い気持ちで悪口を掲示板に書き込んだりSNSで発信してしまったら、その悪口を消すことはできません。


誰にもバレないと思って書いても、ちょっとしたきっかけでアッと言う間に広がってしまうことがあるのです。



便利なインターネットも、使い方を間違えると、とんでもないことになってしまいます。


少し前から言われていることですが、メールで文字や写真を送ったり、インターネット上で何か発信するときは


自分の家の玄関に その写真や言葉を大きく書いて貼っておくことができるものだけを送ったり書き込みなさい


と言われていますので覚えておいて損はないと思います。







法事って何をしているの?

ところで、大切な人が亡くなった時にはお葬式をするのですが、お葬式の後はどうやってお参りをするか知っていますか? 


お葬式が終わったらお墓にお骨を納めたら終わりではありません。


決まった日数が過ぎたころに法事をする習慣があります。


亡くなって7日目に行うのが初七日【しょなのか】

14日目に行うのが、2回目の7日目で二七日【ふたなのか】

21日目に行うのが、3回目の7日目で三七日【みなのか】

このように、7回目の7日目の49日まで7日ごとに法事をします。


そして、その後は

1年たったとき行う 一周忌【いっしゅうき】

2年たったときに行う 三回忌【さんかいき】


6年たったときに行う 七回忌【しちかいき】

この後、十三回忌、十七回忌・・・


と続いていきます。



そんなにたくさんやらなきゃいけないの?と感じるかもしれません。


しかし、法事にはもちろん意味があります。

 法事は、仏様の教えや、亡くなった人に教えてもらったことを思い出しながら、亡くなった人の為に善い行いをして、亡くなった方だけでなく今を生きている私達も共に仏の教えに出会い幸せに生きていくことができることを祈る法要です。

本当は毎日できれば良いのですが、それは少し大変です。だからこそ、決められた日にち・年数ごとに法事をする習慣ができていったのです。






法事をすると良いことはあるの?

もちろん良いことだらけです。


たくさんありますので今日は1つだけ紹介をします。


法事をすると亡くなった大切な人に会うことができます。


触ったりすることはできませんが、間違いなく出会うことができます。



姿勢を調えて、一生懸命お経を読み、一心に大切な人を想うと自然と自分自身の心が透き通ってきます。

汚いガラスの向かう側は見えにくいものですが、きれいなガラスは向こう側まではっきりと見ることができます。

同じ様に、普段の生活に追われて心が曇ってしまっているときには見守ってくれている亡くなった人のことが見えにくくなってしまいます。

しかし、心が透き通ってくれば、すぐ近くに亡くなった大切な方がいてくれたことを実感することができます。

誰かに見守られていると感じることができる人は、自然と善い行いをします。

そして、善い行いを積みかさねて行けば尊い人生を歩むことができるのです。



これが法事を行う良さの1つです。






仏教特製「良い習慣フィルター」

最初に「インターネット上の情報や写真は消せません。」と話をしました。


インターネットの特徴は良い情報を悪い情報もごちゃ混ぜになってそこにあるということです。


だから、悪い言葉や嫌な写真もずーと残ってしまいます。


しかし、お葬式や法事をすることは「良い習慣フィルター」を使うことだと私は思っています。


お葬式や法事の時には戒名【かいみょう】を使います。
※戒名についてこちらの記事で紹介しています。


良い習慣を手に入れた人の名前が戒名ですから、良い言葉や美しい写真だけがインターネット上にアップされるように、お葬式や法事をすることで亡くなった方の尊い面が私達の心に焼き付いてきます。


このことを昔から「亡き人の 美しい心を 受け継ぐことが 供養である」と言っています。


勉強をすることはめんどくさい。でも勉強をがんばれば、たくさんの事を学ぶことができます。

運動をすることはめんどくさい。でも運動をすれば、自由に体を動かすことができるようになります。

勉強も運動もすぐには結果が出ないことがあります。


しかし、いつか必ず成果を感じるときがきます。


お葬式や法事なんてめんどくさい!と感じる気持ちはよく分かります。しかし、そのめんどくさいことを丁寧にすることで、私達はこれから生きていくために必要な大切なものを頂くことができるのです。





今回は

昔から「亡き人の 美しい心を 受け継ぐことが 供養である」と言われています。
法事をすることで、いつでも亡くなった方から美しい心を受け継ぐことができ、尊い人生を歩める

と覚えてもらえればうれしいです。


葬儀・葬式シリーズ 【13】 火葬 収骨【かそう しゅうこつ】 

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われて子供坐禅会で私が話した内容をまとめたものです。


葬儀・葬式シリーズ 【13】 火葬 収骨【かそう しゅうこつ】



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骨は大切

骨は大切なものです。

知っているよ!と思うかもしれません。

でも、実感をしたことはありますか?

私はあります。


小学校2年生の春、交通事故にあったときに実感をしました。

本当にバカなことをしたと今でも後悔をしていますが、横断歩道のない所を渡ってしまい車にはねられました。

その場に座り込みましたが、足が変な方向に曲がっていました。

あまりの衝撃で泣くこともできませんでした。

その場から逃げたくなって立とうとしても立てませんでした。

足の骨が2本折れていたのです。

人間の体には200本ほど骨があります。そのうちの2本が折れただけで、何もすることができなくなってしまったのです。



目には見えませんが骨は私達の体の中で いつもしっかりと私達を支えてくれています。

骨って大切なんだと初めて実感しました。






火葬・収骨【かそう・しゅうこつ】

お葬式では、亡くなった方を火葬します。

火葬すると、骨だけが残り、その遺骨【いこつ:骨】を二人一組になって箸で骨壺に入れる収骨を行います。

このとき、舎利礼文【しゃりらいもん】というお経をお唱えします。

舎利【しゃり】とはお釈迦様の遺骨のことです。

舎利礼文【しゃりらいもん】はお釈迦様の遺骨、そして教えを大切にしていくことを誓うお経です。

亡くなった方を火葬し、その遺骨を大切に収骨する際に、舎利礼文【しゃりらいもん】をお唱えすることは、

亡くなった方の遺骨と教えてくれたことを大切にして、これから生きていくことを誓う意味があるように私は感じています。






骨は体を支え、教えが人生を支える

お葬式で大切な方が亡くなり遺骨になった姿を目にしたとき、多くの人が大切な人を亡くしたことを改めて実感し力が入らなくなります。

しかし、目の前にある骨が亡くなった方を支え続けていたように、私達は亡くなった方の教え・想いを支えに生きていくことができると感じることができれば、前を向いて生きていくことができるのだと思います。

そして、そのことを教えてくれているのが舎利礼文【しゃりらいもん】というお経なのです。

お経には大切な教えが詰まっていますので、時間のあるときには身近なお経の意味にも触れてみてください。




今回は

遺骨を大切にすることは、亡くなった方の教えや想いを大切にすること

遺骨を大切に扱うことで、普段目にすることがない骨が体を支えるように、私達は多くの人達の想いに支えられて生きていることを実感することができる。


と覚えてもらえればうれしいです。

お釈迦様の遺体は火葬し遺骨を納める塔を建てて供養しました。現在の葬儀でも火葬し、
 火葬・収骨の際にという、お経を唱えます。

葬儀・葬式シリーズ 【12】 荼毘・焼香【だび・しょうこう】 



この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われて子供坐禅会で私が話した内容をまとめたものです。


葬儀・葬式シリーズ 【12】 荼毘・焼香【だび・しょうこう】





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見本になる人 ならない人


私は小さい頃から大人が嫌いでした。


えらそうに子供にごちゃごちゃ言うくせに、自分ができていない人を多く見てきたからです。


掃除をしろ! とい子供を怒るのに自分の部屋が汚い大人。

タバコは体に悪いから吸ってはいけない!と子供にタバコ臭い息を浴びせながら怒る大人。

人と仲良くしなさい!と子供に言うくせに、人の悪口ばかり話す大人。

酒に酔いつぶれながら、説教をしようとする大人。

人として生き方を伝える立場の人間が(学校の先生)、不倫をして生徒に見つかる。


・・・例をあげたらキリがありません。




だからといって子供時代の私がとっても良い人間だったかと言えば、もちろん違います。

大人になって悪いことをしていないか、精一杯いつも努力をしているのか?と聞かれれば、もちろん悪いことを気づかないうちにしてしまっているし、いつでも精一杯やっていると胸もはれません・・・


大人だから正しい、子供は全員純粋、大人は全員ダメ、子供は何も知らない・・・・


どれも違います。


みんな、それぞれの良さがあり、悪い所があります。







子供も大人の見本になる 

だからこそ、子供達にお願いがあるのです。

それは、焼香の意味を覚えて実行して欲しいのです!


お葬式のときには焼香をします。

焼香には意味があります。


まずは、良い香りをお供えすること。

そして、もう一つが 自分の心身を清めることです。

焼香をすることで心身を清め、清らかな心でお参りをするための準備をしているのです。

本当なら、焼香を済ませた清らかの心でお参りをするならば、一心に亡くなった方のことを想ってお参りをすることができるはずです。






残念ながら、このことに気がついている大人は多くありません。

だからこそ、焼香修了後に隣の人とおしゃべりをしてしまう大人がいるのです。

お葬式中に携帯電話の音を鳴らすのも、ほぼ大人達です・・・



でも、大人は子供の行動をよく見ています。


子供達がしっかりとお参り出来ていれば、「まだまだ子供には負けてられない」という気持ちが出てきてしっかりとお参りをすることができます。


だからこそ、子供達には焼香は、焼香そのものと同じくらい焼香後のお参りが大切だということを覚えていてもらい、清らかな心のまま一生懸命お参りをしてください。


そうすることでお葬式にお参りに来た方々全員で亡くなった方を想いながら素晴らしいお参り・お葬式になるはずです。



今回は

焼香には自分の心身を清める意味もあり、清らかな心でお参りをするための準備をしている

と覚えてもらえればうれしいです。


葬儀・葬式シリーズ 【11】 鼓鈸【くはつ】 

この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われて子供坐禅会で私が話した内容をまとめたものです。





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葬儀・葬式シリーズ 【11】 鼓鈸【くはつ】




ちーん・ぼーん・じゃらーん

お葬式の最中に突然、和尚さんが大きな音を出し始めたことに驚いたことはありませんか。


ちーん・ぼーん・じゃらーん
ちーん・ぼーん・じゃらーん 
ちーん・ぼーん・じゃらーん
・・・

または

ちーん・ちーん・ちーん・ちーん
ぼーん・ぼーん・ぼーん・ぼーん
じゃらーん・じゃらーん・じゃらーん・じゃらーん
・・・


初めて見た方は驚くと思います。


もちろん意味があります。


これは2500年前の話が元になっています。


それは、お釈迦様が亡くなった時、村人が悲しみの中で持ち寄った楽器を鳴らして、別れを惜しんだという話です。


ですから、今でも大切な方が亡くなった時に、お釈迦様と同様に送りだしたいと願い鼓鈸【くはつ】を鳴らしています









ちーん・ぼーん・じゃらーんの正式名称

ちーん・ぼーん・じゃらーんと言っていますが、これらの楽器はまとめて「鳴らし物」、正式には「鼓鈸(くはつ)」と言います。


ちーんは 引磬【いんきん】

ぼーんは 太鼓

じゃらーんは 鐃鈸【にょうはち】





が正式名称となります


ですから、臨済宗の和尚さんはその音から「ちん、ぼん、じゃらん」と呼ぶことがありまし、「ちん、ぼん、じゃらん」で必ず伝わります。





今、できることを精一杯

しかし、なぜ「ちーん・ぼーん・じゃらーん」という習慣が残っているのでしょうか。

音が素敵だからでしょうか?

眠気防止にちょうどいいからでしょうか?

なんとなくでしょうか?



私は、楽器を鳴らした村人の精一杯の姿こそが、この習慣を残した理由だと思っています。


大切なお釈迦様が亡くなったとき、村人は悲しみます。


大切な方を亡くしたとき人は頭の中は真っ白になり、何も手にすることができなくなるものです。


しかし、村人は動いたのです。


今、自分にできることを精一杯したのです。


彼らにとって精一杯できることが、楽器を鳴らすことだったのです。



だからこそ、大切な方が亡くなったとき亡くなった方のために精一杯楽器を鳴らす習慣が今でも大切にされているのです。


お葬式で聞きなれない楽器が登場するのはそのためです。


この楽器の音が聞こえてとき、皆さんも亡くなった方の為に そのときできる精一杯のことをしてください。


お葬式のときに亡くなった方の為にできること、それは精一杯お参りすることです。


あの楽器の音は、ただ一心にお参りすることの大切さを教えてくれているように感じています。



今回は


お葬式のときに鳴り響く楽器の音は、お釈迦様が亡くなった時に当時の村人が悲しみの中で持ち寄った楽器を鳴らして、別れを惜しんだという話が元になっている


と覚えてもらえればうれしいです。



葬儀・葬式シリーズ 【10】 山頭念誦【さんとうねんじゅ】 


この記事は東光寺(静岡市清水区横砂)で行われて子供坐禅会で私が話した内容をまとめたものです。



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葬儀・葬式シリーズ 【10】 山頭念誦【さんとうねんじゅ】





深呼吸【しんこきゅう】をすると落ち着くのはなぜでしょう?

緊張したり、あせったときに深呼吸をしたことはありませんか。

ゆったりと深呼吸ができれば、落ち着きますよね。

でも、なぜ落ち着くのでしょうか?

これは私の勝手な想像ですが、「人は寝ると落ち着く」と言うことに関係しているように感じます。

嫌なことがあっても、夜寝て 朝起きると 少し心が落ち着いたという経験はありませんか。

人は寝ることで気持ちが落ち着くようにできています。


人は毎日寝ています。

と言うことは“寝ると落ち着く”ことを毎日体験していることになります。

では、寝るときには何をしているのでしょうか。

人は寝るときには、自然とゆっくり呼吸をしています。

もちろん深呼吸もゆっくりと呼吸をします。

と、言うことは深呼吸をすることで、短い時間ですが “寝ると落ち着く”という状態になっているのではないでしょうか。


だからこそ、緊張などしたときに自然と深呼吸をしていると私は考えています。







山頭念誦【さんとうねんじゅ】

お葬式では山頭念誦【さんとうねんじゅ】をお唱えします。


これは、山頭(葬場)で唱えるお経で、阿弥陀如来【あみだにょらい】の名をお唱えし、阿弥陀様の力で亡くなった方の心を浄め悟りの世界に向かうことを助けために行っています。


本当は、坐禅を一生懸命する禅宗では、阿弥陀如来【あみだにょらい】を一生懸命お参りするという教えはありません。


しかし、禅宗の教えが広がるより前に阿弥陀如来【あみだにょらい】を一生懸命お参りする習慣がすでにありました。

ですから、昔の禅宗の和尚様が阿弥陀如来【あみだにょらい】をお参りする習慣をお葬式に取り入れることで、人々が安心すると考えたと言われています。







習慣が大切

毎日寝るから、深呼吸をすると落ち着くことができる。

そう考えることができるのなら、

阿弥陀如来【あみだにょらい】をお参りする習慣があるから、お葬式で山頭念誦【さんとうねんじゅ】をお唱えし安心できる

と言えるのではないでしょうか。



いつもお参りなんかしないよ!

と、言っている人が お葬式の時だけお参りをしても なかなか安心できません。

やはり、お参りをする習慣がある人の方が、お葬式(山頭念誦【さんとうねんじゅ】)をすることで得られる安心は大きいように感じます。

普段からの良い習慣があれば、その良い習慣によって自分自身を救ってくれているのです。






今回は

お葬式には阿弥陀様の名前をお唱えする山頭念誦【さんとうねんじゅ】というものがあり、これは普段からの習慣をとり入れたものです。

と覚えてもらえればうれしいです。



人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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