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欲望の発生

仏教の言葉に



無所得【むしょとく】



という言葉があります。



一般的に無所得と聞くと、良い印象は受けません。



収入がない状態を意味するためです・・・



しかし、仏教の言葉としての無所得には違う意味があります。



・主観と客観の区別がないこと。

・執着【しゅうじゃく】がないこと。




を意味しています。



私達が目指すべき心です。



そして、目指す方向へと歩むために禅宗は坐禅だけでなく普段の生活も修行ととらえ大切にしています。




もちろん、掃除も大切にします。




500香炉の掃除





先日、香炉の掃除をしていると驚くべきものが発見されました。



5円玉です!



500香炉の掃除2




なぜ、ここに??



と思うと同時に、拾い上げたいという気持ちが沸々と出てきました。



しかし、香炉の中の5円玉は意外と取り出しにくく苦労をしました。



500香炉の掃除3



何も見えていない時には掃除に集中できていたのに、お金(5円玉)が見えた途端に「なんとか取り出したい!」という気持ちが出てきて必死になっていたのです。



執着の心が発生していたのです。



見えてしまうから欲がでる。

欲が出るから執着が起こる。




香炉の中の5円玉に、ちょっとした出来事で心がユラユラと揺れること、そして自分の未熟さを改めて教えてもらった気がします。

極楽への第一歩 【その2】



「極楽へ行くのも簡単じゃないね!」



小学校3年生の言葉です。




これは東光寺(静岡市清水区横砂)寺子屋体験の人気企画の1つである「地獄と極楽体験」をした後の感想です。


500寺子屋体験 3日目016



地獄と極楽体験とは長い(90cm)のスプーンを使って行う企画です。




以前に私が祖母に聞いた





天国(極楽)と地獄は実は同じなんだよ。

食事をする場所も、食器も、み~んな同じ!!!

違うのはそこにいる人達だけだよ。

でもね、今私達が使っているものと箸は長さが違うんだよ。と~~ても長いの!!

天国(極楽)では長い箸を使って周りの人達と食べさせあって仲良く食事をするけど、地獄では自分の長い箸で食事をしようとするけど、なかなか食べられないんだよ。
しまいには箸が隣の人に当たってケンカが始まってしまうんだよ。





というお話を以前体験させていただき、子供用にアレンジをした体験です。




本当は極楽箸と呼ばれる長いお箸を使いたいのですが、小学生ですのでスプーンです。




自分だけで何かを食べようとしても、決して食べることができない長さです。




食べたくても食べたられない・・・ 地獄です。



500寺子屋体験 3日目017




同じスプーンでも使い方を変えて、誰かのために使うと相手は食事にありつける。その姿をみると自分も極楽のような気持になれる。寺子屋体験では存分に地獄と極楽を体験してもらいました。




しかしこの体験には、簡単に伝わらない難しさがあるのです。




「長い箸(スプーン)で食べさせればいいんでしょ!?」




体験する前、小学生たちは難しく考えません。




しかし、始めて見ると相手の口へ長い箸で食べ物を運ぶのが こんなにも難しいのかと驚きます。




自分が上手く運べたとしても、食べる相手とのタイミングが合わなければ食べてもらえません。




長い箸を使いますので当然重くも感じます。まさに「極楽へ行くのも簡単じゃないね!」なのです。




私はどうしても「極楽」と聞くと、スーッと簡単に登っていく姿を想像しがちです・・・




しかし、極楽はそう簡単にへ行くことができないのです。




何が必要なのかと言えば、普段からの努力が必要になってくるのです。



長い箸を使いこなすには努力が必要です。



しかし、そういった技術的な努力ではなく「心」を鍛える努力が必要になってくるのです。




その努力こそが、



誰かのために、今自分ができることを 精一杯する




布施と呼ばれる修行なのです。




今、自分ができることを 精一杯するのですから、これは大人も子供の性別も関係ありません。




その具体例はこそが昨日のブログ(極楽への第一歩 【その1】)で紹介したような普段の生活に密着した、さりげない気遣いなのだと思います。



「極楽へ行くのも簡単じゃないね!」




という言葉を聞いて、普段からの努力で私達は日々「極楽」へと近づいていくことができるのだと思い出しました。

極楽への第一歩 【その1】



東光寺(静岡市清水区横砂)で行われている子供坐禅会に参加してくれている小学生が旅行のお土産を持ってきてくれました。




なんと、彼のお小遣いで購入してくれたとのこと。




ありがたく頂戴し、別の日に坐禅会の茶礼【されい】用のお菓子として使用させていただきました。


500茶礼菓子170818



禅宗で茶礼と言えば、全員でお茶をいただくことを言いますが、東光寺の坐禅会では



みんなで 姿勢よく お茶を飲む お菓子を食べる



行為だと考えています。





子供坐禅会に参加する子供達にとってお楽しみの時間の1つです。




今年の夏は23日間坐禅会を行いますので、23回茶礼があります。




そのたびに、お茶とお菓子を用意しています。




以前はお菓子を東光寺で購入していた時期もありましたが、最近ではお寺でお菓子を購入することはありません。





「坐禅会で使ってください」





と声をかけていただきながらお菓子をいただく機会が増えたためです。






多くの参加者が楽しみにしている茶礼を支えてくれているのが、参加者や関係のある方々だということが本当にありがたいことだと実感しています。

清風が起こる


禅の言葉(禅語)に


歩歩起清風 【ほほ せいふう おこる】


という言葉があります。




1歩進むたびに清らかな風が吹くことを意味しています。しかし、一歩進むごとに風が吹いてくることだけではなく、どの風も全てが私達を包んでくれていることを実感することの大切さを説いてくれています。




つまり、全てが清浄な悟りの世界だということを表す言葉と言われています。




煩悩や迷妄がなくなった者が感じる清らかな心を示す言葉です。









東光寺(静岡市清水区横砂)で行われた子供坐禅会のときの出来事です。





500揺れる掛け軸2




この日は風が強く、私が座っている場所の近くの掛け軸が時々カタカタと音を出しながら揺れていました。




「うるさいな」と感じると同時に風を恨んだりもしていました・・・




500揺れる掛け軸1




坐禅中に周囲の音が気になるようではダメなのですが、やはり気になります・・・




つい掛け軸に目がいってしまったとき、驚きの光景を目の当たりにしました。




掛け軸が風を受けて大きく、本当に大きく動いていたのです。




ここで風が止んでしまったら、相当大きな音がして坐禅をしている子供達が驚いてしまうかもしれないと不安になりました。




しかし、次の瞬間再び驚きの光景を目の当たりにしたのです。




大きく揺れた掛け軸が、まるで誰かの手によって優しく戻されるよう、優しい風に包まれに静かに元の状態の戻ったのです。




カタカタと音を出している原因だと思い込んでいた「風」が掛け軸を優しく包み込み元の場所に掛け軸を戻したのです。





風に「良い風」「悪い風」、といった区別などないこと、同様に差別や区別の意識は私達自身が作ってしまっていることを清風が教えてくれた瞬間だったのだと思います。

人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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