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お知らせと過去の記事まとめ

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次回のお寺で婚活「いちえの会」は10月14日(参加男性は全員僧侶の特別編)です。
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彼岸花【平成30年秋彼岸】


500彼岸花180919


東光寺(静岡市清水区横砂)の境内や墓地に彼岸花が咲き始めました。


境内の彼岸花は彼岸を迎える前に早めに咲いて、すでに枯れてしまったものもありますが、特に墓地の彼岸花は今が見頃です。


私達は普段、自分でも気がつかないうちに 急いだり 焦ったり、バタバタとしています。


そんなバタバタした生活をしていると、心もバタバタしてしまいます・・・


彼岸のお参りや、お墓参りの際には少し足を止めて彼岸花をご覧になっていただき、短い時間でも心を調えていただければと願っています。。

私はブドウの芯になりたい 【その2】

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お釈迦様が説いた教えを「お経」と言います。



数多くあるお経の中から、教えの大切な要素と例え話を選び、それらを日常のやさしいことばにかえて表現したのが仏教聖典です。



この仏教聖典の中に「老人を捨てる国」という話があります。




"昔、老人になった親を捨てる国があったが、どうしても親を捨てることができず、親を隠した男がいた。


あるとき国に大きな問題が発生し、秘かに隠した親に相談し問題が次々に解決された。


その後、この国では老人を大切にするようになった。"





といった話です。



私はこの話しにはいくつかのポイントがあるように感じています。



まずは、老人が解決をした問題です。

この話しで老人が解決する問題は、特別な力が必要なのではありません。

これまでに学んできたことや、経験したことを活かすことで問題を解決していきます。




そして、もう一つが老人の生き方です。

実は仏教聖典には

、「息子が老人を捨てることができず、深く大地に穴を掘ってそこに家を作り、そこに隠した」

と書いてあります。

老人は捨てられることを嫌がることがありません。

穴の中で暮らすことも嫌がりません。

老人は決して「私を大切にしなさい」と言いません。

しかし、息子や国が困っていれば 自分の力を惜しみなく使います。



そのような生き方をされています。




先日の記事で「私はブドウの芯になりたい。」と書きました。


木や根から受け取った水分や栄養をそのままブドウの実に送り続けながら実を支える姿に感動したためです。


※記事はこちらでご覧になれます。
「老人を捨てる国」の老人も、多くの先人の経験を受け止め、その知識や経験を 偉ぶることなく後世に伝え、子孫を支えています。



このような尊い生き方こそが「ブドウの芯」のような生き方であり目指すべき姿だと感じます。

私はブドウの芯になりたい


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いただいたブドウを食べていた小学生の娘が


「ブドウの芯って軽いね!」


と大発見をしたように叫んだ。




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「たくさんのブドウがついていた芯より、ブドウ1粒の方が重いよ!」


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と言うのです。



ブドウの芯??



これまで、あまり注目をしたことがありませんでしたが、持ってみると確かに軽い。



たくさんの実に水分や栄養を送り続け、支えた芯が軽かったことに驚きました。





普段の生活の中で、子供を育てようと考えたとき 私はどうしても



「自分が しっかりと力をつけて 子供を守っていかなくてはいけない。」



と思い込んでしまうことがあります。




しかし、軽いブドウの芯が たくさんの 重たいブドウの実を支えながら育てる姿を見たとき、「私はブドウの芯のようになりたい」と感じました。




ブドウの実が子供だとするならば、ブドウの木や枝、葉そして根は御先祖様のような存在ではないでしょうか。



根から吸収された水分、葉で作られた養分が芯を通って実に入っていく。



それによって、実は膨らみ立派に成長をしていきます。



芯は決して自分が大きくなろうしません。



淡々と自分の役割を果たしていきます。



実の成長を妨害することもありません。



ブドウの芯の謙虚さに驚きました。





「ブドウの芯って軽いね!」



この一言に



私もブドウの芯と同じように私自身もご先祖様から良い習慣を受け継ぎ、そのまま次の世代に伝えていくこと。



さらに、そのときに おごらず 誇らず 自分をアピールすることなく 淡々と自分の役割を果たしていくことの大切さを教えていただきました。

子供坐禅会 今年の夏も新しいハンコを作ることができました 【平成30年夏】


東光寺(静岡市清水区横砂)では地元の小学校の長期休暇(夏休み・冬休み・春休み)に合わせて子供坐禅会を実施しています。
今年の夏も開催させていただきました。
※開催報告はこちらをご覧ください。


8月中に坐禅会は終え片付けもしてあったのですが、先日になってようやく夏の子供坐禅会について作業を終えることができました。




それが、これです!



500東光寺オリジナルスタンプ1809153



東光寺の子供坐禅会で使われている特製ハンコの新作が完成したのです。




このハンコは坐禅会参加者に配布している「坐禅手帳」に押すためのハンコです。



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これまでは、28個のハンコがありました。ここに新たな仲間が8個増えたのです。




500東光寺オリジナルスタンプ180915



坐禅手帳には白紙のページが20ページ以上あります。



この白紙は坐禅会に1回参加した方が、



1つのページに「仏教豆知識シール」を貼り、好きなハンコを押すためのページです。



つまり、20数回参加すると坐禅手帳が終わるのです。



この坐禅手帳が終わった記念にプレゼントされるのが、このハンコなのです。



プレゼントといっても、完成品を持ち帰るわけではありません。



好きな図柄を選ぶことができだけなのです・・・






以前は、1冊坐禅手帳を使い終わるとご褒美にお菓子をあげたりしていたこともあります。



それが、最近は好きな「こまめ」を選ぶことがご褒美になっています。



ハンコが完成しても、そのハンコをもらうことも優先的に使うこともできません。







ただ選ぶだけです・・・


それでは、ご褒美にならないかもしれません。


しかし、当の本人達(坐禅手帳が終わった参加者)は楽しそうに選んでいます。


私は、この楽しそうな表情は、


ハンコの案を選ぶ際に「誰かのために選ぶ」心が自然と働いているからこそ、見ることができる表情です。


そして、この心こそが


「自分のためではなく、誰かのために 何かをする」


という私達が持っている布施【ふせ】の心の表れに感じています。






今回完成した、これらのハンコは次回の子供坐禅会で参加者を迎えることになります。


たくさんの参加者が楽しそうにハンコを押す姿を想像すると今から次の子供坐禅会が楽しみになってきます。

人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、30代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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