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お知らせと過去の記事まとめ

【開催案内】
500ボタン 子供坐禅会 600ボタン 朝日カルチャー


【紹介】
おばあちゃんのおはぎ スライド用 横長01
絵本 【おばあちゃんのおはぎ】 を作りました。御興味ある方は是非ご覧ください。
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※スマートフォン版はこちらから

【開催報告】
500ボタン 子供坐禅会 500寺子屋ロゴ

坐禅会の横で騒ぐ人達に怒る自分が情けない

私達が普段から意識すべきことを臨済宗妙心寺派の生活信条では


一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう


と説いています。この教えは私達に


1日に1度は姿勢を調え、呼吸を調えて坐ることで、心が調ってくる


と、教えてくれているのです。





500ブログ寺子屋体験190731 30

東光寺(静岡市清水区横砂)では、小学生の長期休暇に子供坐禅会を行っています。



参加してくれている子供達は毎朝7時30分から真剣に坐禅と向き合ってくれています。




先日、子供坐禅会を行っているときに周囲から大きな話し声が聞こえてきました。


もちろん坐禅会参加者ではありません。


坐禅会をやっていることは十分認識できる距離にいるにも関わらず大人達が大きな声で話をしていたのです。




正直に申しますと、私は


「うるさいなぁ、こっちは真剣に坐禅をしているんだから 静かにしてくれと!!」


と感じながら坐禅をしてしまいました・・・・






情けない話なのですが、心がまったく調っていない状態になってしまったのです・・・


「坐禅をしている自分の方が、近くで無駄話をしている人達よりも尊いのだ!」


などこ勘違いをしてしまっているからこそ、心が乱れ「こっちは真剣に坐禅をしているんだから!」と優劣をつけ、自分が集中できないのは外にいる人のせいだと思ってしまっていたのです。






“誰かが騒げば、そちらが気になり集中できない。”


ではなく


“誰かが騒いでいることを意識している自分自身のせいで集中できていない”


なのです。






では、どうすれば良いのでしょうか?


答えは、呼吸を一生懸命数えます!



坐禅中の呼吸の調え方を数息観【すそくかん・すうそくかん】と言います。



これは息の数を数えることを言います。





説明するときも




坐禅の最中は自分の呼吸を数えましょう。吐く息を心の中で、ヒトーツ、フターツ・・・と数え、トーオまで数えたらヒトーツに戻ります。

初めのうちは他のことを考えてしまい、なかなか十(トーオ)まで集中して数えることができませんが、どこまで数えられるか挑戦してみてください。







と説明しています。

本来であれば・・・


ひとーつ

ふたーつ

ザワザワうるさいなぁ、しまった!

ひとーつ






となるはずですが、今回は


ひとーつ

ふたーつ

ザワザワうるさいなぁ

こっちは一生懸命やっているのに

子供達がかわいそうだ

大人は嫌だ、すぐ騒ぐ

騒ぐと言えば・・・・








とモヤモヤが増大してしまったのです。簡単に心が乱れた自分を反省し


一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう


という言葉と今一度向き合う必要性を感じました。

浜施餓鬼を開催報告 【令和元年】

500浜施餓鬼令和元年1



前日の夜に西日本を通過した台風10号の影響で、夜中には大量の雨が降り、明け方になってもどんよりとした空模様で法要中も土砂降りの雨が降りましたが、今年も無事に浜施餓鬼が開催されました。

そんな強い雨の中ですが、地域の方、御詠歌の方、子供坐禅会参加者など多くの方が浜施餓鬼【はませがき】のお参りに来てくださいました。




毎年8月16日は地区の大切な行事である浜施餓鬼が行われています。




東光寺は静岡市清水区横砂という地にあります。



この横砂地区で1年に1度行われているのが 浜施餓鬼【はませがき】という法要です。



横砂には現在の袖師埠頭があるところに大きな砂浜があり漁業も盛んな地域でした。また、昭和の時代までは海水浴場があり、夏にはJRの臨時駅も開設され大変なにぎわいだったそうです。


この海で毎年開催されているのが 浜施餓鬼  という 


漢字の通り


「浜」で行う「施餓鬼」です。


施餓鬼とは亡くなったご先祖様や縁のある方、そして縁のない方まで全てをお参りする法要です。法要では餓鬼に洗米と言って洗ったお米やお水をお供えし供養すると同時に水一滴・お米一粒でも満足することができるはずの自分の心を見つめ直す法要です。


一般的な「施餓鬼」では、各寺院の檀信徒の御先祖様をお参りしますが、浜施餓鬼では海で亡くなった方を御供養します。



500浜施餓鬼令和元年2





砂浜があった時代は砂浜で、その後も海の近くの公園で行ってきましたが、十数年前から東光寺の本堂で開催をしています。


今年も参加者と共に海の方角に向かいお参りをさせていただきました。


自治会長さんをはじめ、担当をしてくださった地域の方などが中心になり準備をしていただき多くの方がお参りをしてくださいました。



500浜施餓鬼令和元年3



子供達に地域の行事を経験してほしいと考え、夏休みの子供坐禅会に出席をしてくれている子供達や保護者の方に声をかけさせていただいたところ、多くの参加者が浜施餓鬼に参列してくれました。




参列者と一緒にお経をお唱えし、御詠歌【ごえいか】、そして回向【えこう】をさせていただきました。


子供達は坐禅会以外のお寺の行事へ参加する経験があまりありませんが、立派にお参りをしてくれました!

お盆休みには 何を休むのでしょうか!?

500お盆 棚経


これまでの人生を振り返ってみると、世間が“お盆休み”と言っている時期に自由な時間を過ごした記憶がありません。




お寺で過ごしていた小学校~高校時代、お盆休みに友達が旅行などへ行っている間、私は衣【ころも】を着て御檀家様の家へ棚経に周らせていただきました。




お寺から脱出した大学時代もお盆は周囲の同級生と同じように帰省はするのですが、ゆっくり休むという選択肢はなく・・・棚経でした。




そして教員時代、

「生徒が夏休みだから先生も休めていいね!」

などと言われますが、教員が生徒と同じように休めるはずはありません。生徒の長期休暇中にも様々な仕事をしていました。そしてやってくる“お盆休み”・・・
私は有給をとって帰省し、棚経です。





今はもちろん・・・棚経です。






以前は、世間の方々“お盆休み”といって旅行に出かけたり、のんびりとしている所を見ると腹をたてたりしていました。





しかし、本来“お盆休み”とは 何を休めばいいのでしょうか?





お盆の由来は

お盆とは盂蘭盆経【うらぼんきょう】というお経に由来する行事です。このお経によれば、

お釈迦様の御弟子様であった目連尊者は亡くなった母のことが気になり、神通力で母を観察・探したそうです。すると母が餓鬼の世界に堕ち苦しんでいるのを発見しました。

目連尊者はお釈迦様に母を救う方法を尋ねました。

そして、お釈迦様の教えに従って7月15日、僧侶達が総懺悔の行をするに当たり、食物などの布施をしたところ、その功徳で母親は救われたといいます。

 このようなお話が元になって、日本に昔からある習慣と仏教の教えが合わさり御先祖様をお迎えしお参りする現在のお盆になったそうです。









・・・この由来では、何を休むのかが私には分かりませんでした。

しかし、ある和尚様がお盆の説明を次のようにされていました。




「昔からお盆の時は川や海には入らず、魚釣りもせず、殺生をしないように心がけていました。いつも命をいただき続けているので、命を殺さない期間も作ったのですね。そして親族も亡き方もここへ帰ってきて心一つにもどっていく。お盆はそういう時間です」




この言葉に触れたとき、

お盆休みには 殺生を休むのだ!! そして、自分自身の心を調えるからこそ亡くなった大切な方と心一つになることができる。

と、納得することができた気がします。






もちろん簡単なことではありません。やはりお盆は大切な修行です。しかし、日本には“お盆休み”という素晴らしい習慣があります。


”お盆休み”という日常を離れるきっかけがある方は、ぜひ殺生を休む・御先祖様をお参りするなど、自分自身の心を調える時間を作ってみてはいかがでしょうか。

読経料って・・・

600仏教豆知識シール052 六波羅蜜シリーズ 布施





「読経料」と書かれた封筒を受け取ると私は悲しい気持ちになります・・・


お経を唱えた料金 という意味で書いているのだと思います・・・


お寺で“料金”という言葉はほとんど使いません。


ですから、法事や葬儀など様々な場面で


「料金はいくらですか?」


と聞かれると困ってしまいます。







このような質問をする方は、結婚式に招待されたときに 招待をしてくれた人に


「結婚式の料金はいくら?」


と聞くのでしょうか?



結婚式に持参するのは御祝儀です。(会費制のところもあるようですが、今回は御祝儀ということで話を進めます)


御祝儀には相場があますが、お祝いをしたいという気持ちと結婚式などに必要な金額などを考慮し、自分にできる精一杯の額を御祝儀として決めているのではないでしょうか。







お寺は何のために存在するのでしょうか。

私は、仏教の教えを学び、人々がより良く生きるために存在していると考えています。

決して坊さんがお金を稼ぎ、豊かに生活をするためではありません。





教えを学ぶために教えが記されたお経があり、様々な実践があります。

これらの教えや実践を受け継ぎ、次の世代に伝えることがお寺の役割であり、そのためには様々なものが必要になってきます。






仏教の大切な教えに布施【ふせ】があります。


布施とは自分の持っているモノなどを、見返りを求めずに深い愛情を持って施しをさせていただく事。 お互いが、できることを精一杯しながら助け合うことを言います。






“助けあう”方法のひとつに財施【ざいせ】という、自分の持っている財産を施す行為があります。


この財施を受け取り、仏教の教えや実践を受け継ぎ、次の世代に伝えるために有効に活用することがお寺には求められているように感じています。






これらのことを考えますと、

やはり、お寺に布施をするときには「読経料」ではなく「御布施」が正しいように感じます。
人物紹介

新米和尚

Author:新米和尚
横山友宏
東光寺 副住職
【静岡市清水区横砂】

中学校で理科を教えていた男がある日突然和尚になった。(臨済宗妙心寺派)そんな新米和尚による、仏教やお寺についての紹介をします。 気軽に仏教やお寺に触れていただければと思います。


元:中学校教師
  (理科・卓球担当)

現:臨済宗妙心寺派の和尚
2人の娘の父親であり、育児にも積極的に参加し!?失敗を繰り返す日々を送る、40代を満喫しようとしている どこにでもいる平凡な男

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